「SMが好きです」と言ってしまい…伝説を作った歌手が明かす「ザ・ベストテン」裏話 (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「SMが好きです」と言ってしまい…伝説を作った歌手が明かす「ザ・ベストテン」裏話

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沖田十二,伏見美雪週刊朝日
ミイ/1958年、静岡県生まれ。76年、ピンク・レディーとしてデビュー。解散後はソロで幅広く活躍。2010年、ピンク・レディー再始動。3月1日「未唯mieの日」に、東京・BLUES ALLEY JAPANでソロライブ「未唯mie 60th Birth Celebration」を行う

ミイ/1958年、静岡県生まれ。76年、ピンク・レディーとしてデビュー。解散後はソロで幅広く活躍。2010年、ピンク・レディー再始動。3月1日「未唯mieの日」に、東京・BLUES ALLEY JAPANでソロライブ「未唯mie 60th Birth Celebration」を行う

 伝説の歌番組「ザ・ベストテン」。遡ること40年前、黒柳徹子さんと久米宏さんの弾丸のような名トークに、生放送ならではのハプニングと緊張感、そして何よりも公明正大なランキング形式が視聴者の心をわしづかみにし、日本の音楽シーンを変えた。ピンク・レディー、ゴダイゴ、西城秀樹、原田真二……伝説を作ったアーティストたちに当時の思い出を聞いた。

■ピンク・レディー 「UFO」で第1回放送の1位に
未唯mie「スタジオの緊張感がすごかった」

 ベストテン第1回放送(78年1月)の第1位が、ピンク・レディーの「UFO」。時代を象徴する2人が新番組に華を添えた。

「華やかな歌番組がスタートしたという印象がありましたね。スタジオの緊張感もすごかった。時間制限があるなかでの大掛かりなセットチェンジとか。殺伐とした雰囲気で、スタッフの本気度が伝わってきました。

『UFO』の中継で覚えているのは、どこかの丘の上でUFOを呼ぶという企画。超高性能のカメラで月を大写しにして、私たちが『UFOさん、きてくださーい!』って叫んでから歌い出すっていうものでした(笑)。

『透明人間』で私たち2人を本当にテレビ画面から消したり、『カメレオン・アーミー』でカメレオンのように衣装の色を変えたりと、最先端の技術を駆使した演出もたくさんありましたね。

 81年に解散する直前の、最後のテレビ出演もベストテンでした。ミニスカートなのに、アンダースコートをマネジャーが忘れるという大失態があってドキドキしましたが、今ではいい思い出です」

■ゴダイゴ ほぼ1年、毎週のように出演
タケカワ ユキヒデ「すべてビデオに撮って研究していた」

「久米さんに、『タケカワさんはまだ学生なんですってね。学割使えていいですね。将来は英語の先生ですか?』と聞かれて、『え? 俺って音楽家じゃないんだ』って苦笑いした記憶があります」

 79年、「ガンダーラ」と「モンキー・マジック」が、8週間にわたって2曲同時にランクイン。「銀河鉄道999」は、7週連続の1位を獲得。ゴダイゴはベストテンの常連組だった。


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