山野学苑沢総長 結婚生活53年で“1度だけ”したケンカとは?

週刊朝日
 母・山野愛子さんから引き継いだ学校法人・山野学苑をさらに発展させた総長の山野正義さん。日系3世の妻・ダイアンさんとの出会いとは?

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夫:僕は18歳のときアメリカに留学して、大学卒業後は保険のセールスで全米トップクラスの成功を収めました。そして1961年にロサンゼルスのウィルシャー通りにヤマノ・ビューティカレッジという美容学校を創設しました。東京でいうと銀座の中央通りのようなところです。

妻:私は父に連れられて、その学校を見学に行きました。美容師の叔母がいて、彼女がお客さんをきれいにしていくのに憧れていたんです。でも、周りの人から教師のような仕事についたほうがいいと反対され、まずは大学で看護学を勉強しました。卒業後、ヤマノに1年間通って、美容師の資格を取りました。

夫:あるとき仕事でビバリーヒルズの大きな美容院を訪ねました。目に入ってきたのがテキパキとお客さんに応対するダイアンの姿です。ひとめぼれでした。

妻:スティーブ・マックイーンやレーガン元大統領の奥さまなど、有名な方が通う美容院でした。

夫:聞くと僕の学校の卒業生だという。ジーッと見ていると、白衣の左右のポケットがチップで大きく膨らんでいます。「この人と結婚すれば食いっぱぐれることはない」と思いました。

妻:私は、出会ったときのことはあまり覚えていないんです。

夫:ところが、デートに何度誘っても断られるんですよ。当時の私は自家用飛行機も持っていたから、なぜ断るんだと思いました。何度電話しても、会いに行っても答えはノーでした。

妻:私は日系3世なので、当時は日本語がよくわかりませんでした。「お嬢さん」と呼びかけられても、「私は社長です」と言われても、意味がわからなくて……。それに私にとっては父がいちばんでしたから、興味がなかったんですね。

夫 彼女は戦時中、日系人の強制収容所に入れられて、日本語の使用を禁じられていたこともあるんです。結局、デートしてくれるまでに1カ月以上かかりました。OKしてくれたのはハンサムだったから?

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