デビュー作が華々しい評価を受けた後、各出版社から執筆依頼が殺到し、プレッシャーからか、しばらく書けない時期が続いた。「書いていて楽しくなくて眠くなる、の繰り返しでした」。編集者からの励ましもあり、ただ完成させることだけを目的に書いたのが「あひる」。この作品が再び評価されたことで、少し自信がついた。妊娠し、仕事をやめ、家にいる時間が長くなり、少しずつ以前の依頼を受けられるようになった。
そうして生まれたのが、今回の芥川賞候補作「星の子」。本人にとって最長となる260枚の作品だ。新興宗教にのめり込む両親を持った娘が主人公。娘は学校で孤立し、親戚は騒ぎ立て、姉は家を出ていく。日常を淡々とユーモア交じりに描きながらも不穏なムードをたたえながら進む物語運びは、デビュー作から一貫している。主人公の造形も、過去のヒロインの例にもれず、どうにも社会になじめていない。
この候補作の事前会見でも、受け答えはゆったり、ゆるり。2度の会見で出た、自らの子供時代はこんな感じだ。
「主人公よりもおとなしい感じで、特定の人としか話さない」「小さいころから、何事も人並みにできないことで劣等感を抱えていた」「周りで起きていることを、みんなが何も見なかったように生きていることが不思議でした」
小説の着想は、ふとした日常の場面から。「星の子」は、大阪の路上で夫婦らしき男女がペットボトルの水を互いの頭にかけあっている姿を見たのがきっかけだった。友人に話すと、「なんだかカッパみたいだね」と言われた。
「人物が生まれると物語が勝手に動き出す。終わらせ方はいつもよくわからなくて、たいてい電池が切れるように終わるんです」
芥川賞選考会では、「閉じ込められた子供の世界を描ききっている」といった意見が出た。数々の高評価を受けながらも、本人はこんなことを言う。
「職業作家という自覚は全くないですが、書かなくてもいいと言われるとさみしい。自分が書いていて楽しいと感じる限りは、ずっと書いていきたい」
かつて、井上光晴の晩年を追った「全身小説家」というドキュメンタリー映画があった。今村さんは、さしずめ「天然小説家」だろうか。書き続ける限り、近い将来、再びチャンスがめぐってくるに違いない。
※週刊朝日 2017年8月11日号