対局後に笑顔を見せる加藤一二三九段=1月(c)朝日新聞社
対局後に笑顔を見せる加藤一二三九段=1月(c)朝日新聞社

 床までつくネクタイ。大の甘党。昼も夜もウナギ。数々の逸話を持つ将棋界のレジェンド、“ひふみん”こと加藤一二三九段(77)が、ついに現役を引退した。

 連勝記録が注目される中学生棋士の藤井聡太四段に破られるまで、プロ入り史上最年少記録を持っていた。1982年に中原誠十六世名人と大激闘を演じ、名人を獲得。最近ではバラエティー番組にも出て、幅広い人気があった。

 とにかく逸話が多い。師匠を逆破門。対局中にバナナを十数本食べる。対局室のクーラーのスイッチを対局相手とオンオフし合う。自分の電気ストーブを用意する一方、相手のストーブを後ろへ押しやる。対局場の旅館の滝を、音が気になるからと止めてもらう。対局の合間に賛美歌。「あと何分?」が口癖で、1分を切ってからも何度も同じことを聞いていた。

 雑誌「将棋世界」の元編集長で作家の大崎善生さんは、

「編集部は将棋会館の3階にあったが、対局室のある4階から加藤九段の賛美歌がよく聞こえてきました」

 と笑いながら振り返る。

 東京の将棋会館での対局時は、昼も夜もうな重を食べた。近くにあるうなぎ屋「ふじもと」に度々出前を頼んだ。店主は「昼はウナギが2枚の竹なんですが、夜だと3枚入った松を必ず頼みます」と話す。

 際立つキャラは将棋界以外からも注目された。バラエティー番組「アウト×デラックス」(フジテレビ系)では4年前からレギュラー出演。番組でオーケストラの指揮者や、オペラに挑戦して話題を呼んだ。

 一方で地道な将棋普及活動にも力を入れてきた。

「将棋会館に来ると度々、1階にある販売店で将棋の本を数百冊買い込む。どうやら各所に寄付していたようです」(大崎さん)

 6月4日には「金沢文庫将棋サロン」(横浜市)でセミナーを開いた。小学生から30代まで約20人を相手に指導。サロンの藤田純一さんによると、連勝の1勝目を加藤氏から挙げた藤井四段について「歴代の永世名人のすべての良さを持ち合わせている」と評価していたという。

 最後まで勝負にこだわりつつ、多くの人に愛されたひふみん。公式戦最後の対局後にはツイッターで「天職である将棋に打ち込めたのはスポンサー、ファンのおかげ」などとコメントした。引退会見は30日に行われる。

週刊朝日  2017年7月7日号