平幹二朗の青春秘話 俳優の原点を同級生が語る (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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平幹二朗の青春秘話 俳優の原点を同級生が語る

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平幹二朗さん(昨年末撮影) (c)朝日新聞社

平幹二朗さん(昨年末撮影) (c)朝日新聞社

 破格の俳優といわれた平幹二朗さん(82)の急逝がわかったのは10月23日のことだった。

 平さんは広島市生まれ。小学生のときに、戦中の疎開で上下町(現・広島県府中市)の親類宅に身を寄せ、上下高校卒業までを過ごした。幼いころに父親を亡くし、母親は仕事で忙しくしていた。

 広島市の高冨智子さんは、高校の同級生で平さんと同じ演劇部員だった。3年の時に木下順二作の「夕鶴」を演じて福山市のコンクールで優勝。平さんは主役の与ひょう、高冨さんは鶴の化身・つう役だった。冗談好きでやさしい半面、芝居には厳しかったという。

「講堂の一番後ろの席に寝転がって、私の稽古を見て『声が届かんぞー』だって。『台本を早く覚えないと』としかられたこともあります」(高冨さん)

 平さんは当時すでに180センチの長身。端正な顔立ちの写真から、大人びた印象を受ける。

「芝居に熱中したのは、親元を離れて暮らす寂しさからでしょうか。よく夜10時過ぎまで学校に残って稽古や台本づくりをしました」(同)

 訃報を知り、「涙が出た」と語る田中善江さんも高校の同級生だ。実家は映画館を経営していた。卒業間際に平さんから映画界の話を聞かせてほしいと頼まれたそうだ。やがて地元の友人らとの交流は少なくなったが、平さんはその理由を「方言が戻ってしまうから」と話していたという。


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