ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏は、これからの電子書籍市場について言及する。

*  *  *

 米国のシンクタンク・ピュー研究所が「本の読まれ方」に関する興味深いリポートを発表した。ここ数年、キンドルに代表される電子書籍が普及しているが、実は2012年から電子書籍を読んでいる人の割合は変わらないそうだ。

 データを見ると12年段階で、紙や電子問わず読書体験があった人の割合は74%。最新の16年調査では73%で、読書人口自体はほとんど変わっていない。だが、その中で12年に23%だった電子書籍を読む人の割合は16年で28%と、電子の伸び率があまり高くないのだ。しかも、電子だけで読む人はわずか6%に留まっている。電子書籍先進国と言われる米国であっても、実態はまだ紙の本を好む人が多数派だということだ。

 一方、日本の状況はどうか。3月9日にジャストシステムが発表した15年の「モバイル&ソーシャルメディア月次定点調査」月別データによれば、電子書籍利用率は1月度で18.5%、12月度でも19%に留まった。こちらは米国よりも約10ポイントほど低く、2割弱でほぼ横ばいになっている。電子書籍リーダーやタブレット、スマートフォンなど、電子書籍を利用できる端末の普及率は年々伸びているが、利用率という点に着目すると、日米ともに頭打ちの状況。キンドルの登場で電子書籍市場が一気に拡大した際は、その急激な成長率から「ここ数年で紙の本のほとんどは電子書籍に置き換わる」と予想するアナリストもいたが、結果を見るとそれは間違いだったようだ。2千年以上生き残ってきた「紙の本」というフォーマットは、それだけ強度があるということなのかもしれない。

 
 電子書籍の伸びが頭打ちというと暗い話のように思えるが、出版業界全体を見るとまた違った状況が見えてくる。紙の出版物の総販売金額を発表している公益社団法人全国出版協会・出版科学研究所のデータと、電子書籍の総販売金額を発表しているインプレス総研のデータによると、12年以降、紙と電子を合わせた書籍全体の販売金額はプラスに転じているからだ。

 紙の出版物で危機的状況にあるのは「雑誌」だ。1997年のピーク時と比べ、現在の販売金額は半分程度まで落ち込んでいるが、書籍の落ち込み幅は雑誌ほどではなく、むしろ電子書籍市場の拡大がその落ち込みをカバーしている。

 ちなみに、筆者は圧倒的に紙の本を買うことが多いが、資料的な価値が高く、後で読み返すことの多い本は電子書籍で買っている。紙の本にはない「検索」機能があるからだ。紙で買った本をキンドルで改めて「買い直す」こともあるし、最近は電子書籍をリーダーの読み上げ機能を使ってオーディオブック化し、車を運転中にラジオ代わりに本を「読む」ことにハマっている。電子も含めた書籍市場の増加は吉兆だ。出版業界は、筆者のように用途に応じて紙と電子を使い分けて購入する層を増やすことで、書籍市場全体を伸ばす可能性に目を向けるべきだ。

週刊朝日 2016年9月23日号

著者プロフィールを見る
津田大介

津田大介

津田大介(つだ・だいすけ)/1973年生まれ。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ウェブ上の政治メディア「ポリタス」編集長。ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる。主な著書に『情報戦争を生き抜く』(朝日新書)

津田大介の記事一覧はこちら