新潟県知事選で出馬取り下げを表明した現職の泉田裕彦氏。以前、泉田知事と対談した作家の室井佑月氏は、その本音を聞きたいと願う。

*  *  *

 あたしが今、たっぷりと話を聞いてみたいのは、小池百合子新東京都知事じゃなく、高畑淳子さんでもなく、脱原発派の力強いリーダーである泉田裕彦新潟県知事だったりする。

 泉田知事は4選を目指していた知事選(10月16日投開票)への出馬を、突然、取りやめると表明した。先週号の本誌に2ページのインタビューが掲載されていたが、あたしは今、彼の発言を一言も漏らさずすべて聞きたい。

 だって、出馬撤回の意味がまったくわからないんだもん。

 その理由として大手新聞が取り上げた理由はざっくり二つ。

 8月30日、泉田知事が報道陣に向かっていった言葉、

「新潟日報社に事実と異なる報道の修正を求めたが訂正していただけない。県の情報が出ない環境の中で県民に訴えを届けるのは難しい」

 というものを取り上げ、県が出資する第三セクターの子会社の船舶購入トラブルを何度も書いた新潟日報社のスクープに困惑していた、というのだ。

 けど、この件に関して、泉田知事は事実と異なるといっているわけだし、知事という立場のまま戦ってもいいはずだ。

 ほかの理由としては、次の知事選には、森民夫・前長岡市長が立候補を表明していて、泉田氏を支持してきた自民党が、森氏支持を検討し、最大野党の民進党も泉田知事支持へ動かないからだというもの。

 
 どちらの理由も、納得できない。泉田氏はこれまで東京電力という恐ろしい力と激しく戦ってきた人だ。そんな方が、新聞スクープの評判を気にしてとか、選挙の対抗馬に負けそうだからなどという理由で、その身を引っ込めるだろうか。

 あたしはこの週刊誌で、一度、泉田知事と対談をさせていただいたことがある。彼は威張らず、豊富な知識をわかりやすく静かに語る人だった。

 そして、話をしているうちに、彼は自分の身を顧みず、この国について真剣に心配しているのだとわかった。今の政治の世界ではそういう人は稀なので、だから「変人」などといわれるんだろうな、とやけに納得したのを覚えている。

 彼の身になにかあったのか? らしくない行動はどうして?

 ただ、泉田知事が、8月31日の記者会見では、

「私が引くと、原発にどう向き合うのかなどの純粋な議論ができる。引いた方が思いが遂げられる」

 と述べたらしい。あたしは彼のその言葉に期待する。「私が引く」というのは新潟県知事というポジションからであって、彼はその先の「議論」をしていくつもりなんではないか。「思いが遂げられる」というのは、この国が脱原発に進むこと。

 もしかすると彼は、新潟県を飛び越えて、我々国民に正しい方向を示してくれようとしているのでは……そんな風に期待してしまう。彼はもう十分に我々のために頑張ってくれた人、それはわかっているけれど。

週刊朝日 2016年9月23日号

著者プロフィールを見る
室井佑月

室井佑月

室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中

室井佑月の記事一覧はこちら