作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏はエロ漬け状態の社会に心を痛める。

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 先日、男性向けアダルトグッズショップの社員と話していた時のこと。どんなお客さんが多いですか?みたいなことを私が聞くと、「お金を使ってくれるのは、AV見過ぎな中年男性ですね~」と、マネージャーという30代の男性がつまらなそうに教えてくれた。

 日本の家庭にビデオデッキが行き渡り、男たちが家庭でAVを見はじめたのは、1980年代初頭。80年代に中学・高校時代を共学で過ごした女子は、体験したことがあるんじゃないだろうか。教室で、男の子たちが大声で「自分たちの知らないアイドル」の名前を話してガハハと楽しそうにしている様、内容を察しつつ「聞こえないふり」をする女子たちの強ばった背中……。私の世代の男たち(現在40代)は、子どもの頃から日本のAVを見てきた初めての世代だ。

 業界の人に話を聞くと、AVやエロ雑誌を買うのも、最も厚い層は40代なのだそうだ。その傾向の分析は今はしないが、少なくとも販売する側には、AV漬けで人生を過ごしてきた男たちは金になる、という考えがある。彼らのために生産されるのは、グロテスクな形状のオモチャ(醜ければ醜いほど好まれ、身体に悪い素材を使おうが何だろうが関係ない)や、身体を痛めそうな強い振動の電マ、そして女性を実験道具にして楽しむような激しい内容の膨大なアダルトビデオだ。

 久しぶりにアダルトショップに行って、今売られているAVのタイトルをつらつらとながめた。「学費のために集団中だしを受け入れた女子大生」「五人の毛のない小さな女の子」……宣伝文句には「このヤリマンくそマンコ!」と罵り言葉が書かれていて、パッケージには「本中」の文字が、まるで貴重な価値であるかのように大きく記されている。ちなみにこれは「本番中だし」の意味だそうだ。

 
 AVのタイトルを読みながら、気がついたら泣いてた。もしかしたらもう、ずっと我慢してたのかもしれないと思いながら、慌てて外に出た。出口で同世代のスーツ姿の男性とすれ違った時、思わずその横顔を見つめた。フツーのお父さん、みたいに見えた。

 アダルトショップになど行かなくても、例えばフツーにネットを見ていても、エロは追いかけてくる。ネットニュースを読んでるだけで、目の端には「はぁはぁ」表現が入ってくる確率は高い。「弟がお年玉でお姉ちゃんを買いたいと言ってる」とかいう漫画などを、自分の意思に反してうっかり読まされることもある。コンビニでただ水を買うだけで、エロ雑誌は目の端に入ってくる。

 そう、ある世代だけがAV漬けというよりは、もう私たちの社会がエロ漬け状態だ。ならばと、見ないふりをし、感じない鈍い心で、このエロ漬け社会をサバイバルする道を選ぶ女もいるだろう。でも、そうやって生き続けるのは疲れるんだよ。疲れる。私は自分がAVのタイトルだけで泣いて初めてわかった。私たちは我慢している。男のエロのために、物凄い圧力をかけられ生きているのだ、と。

週刊朝日 2016年7月8日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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