小池真理子1952年生まれ。東京都出身。96年『恋』で直木賞、2006年『虹の彼方』で柴田錬三賞、13年『沈黙のひと』で吉川英治文学賞を受賞。ドラマ化、映画化された小説も数多く、16年は「二重生活」の公開が予定されている(撮影/写真部・大嶋千尋)
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小池真理子
1952年生まれ。東京都出身。96年『恋』で直木賞、2006年『虹の彼方』で柴田錬三賞、13年『沈黙のひと』で吉川英治文学賞を受賞。ドラマ化、映画化された小説も数多く、16年は「二重生活」の公開が予定されている(撮影/写真部・大嶋千尋)

 試写を見終わった時、万感が胸にせまってきた。原作に対してここまで尊敬と愛情を持って映画を完成させてくれた監督に、どうやってこの喜びと感動を伝えようか。小池真理子さんは、試写室の外にいた監督を見つけて駆け寄り、思わず抱き合った。

「映画と小説という違う媒体を使って表現活動をしている人間同士が、ヒットさせようとか賞をとろうとかお金を儲けたいとか、そういう通俗的な野心とはかけ離れた、底の底の、誰も知らない静かなところで“思い”を一致させて、それを認め合えたような。とても不思議な瞬間でした」

 映画「無伴奏」の原作は、小池さんが30代後半のときに書いた半自叙伝的同名小説。1970年代前後の学園紛争が盛んだった時代、仙台のバロック喫茶「無伴奏」で知り合った男女の、揺れ動く恋が描かれる。

「映画になってみると、小説で伝えたかったテーマが今も古びていないことがわかって、そのことも嬉しかったです。今の若い人たちは、世間が押し付けるルールや常識や価値観に縛られて、そこから飛び出すことを恐れている人が多い印象がありますが、当時は、反骨精神を持ってアナーキーに行動することが何よりカッコよかった。今も、大きな流れに逆らって立ち上がろうとする若い人たちはちゃんといるし、大人だって、そういうピュアな面を完全に手放してしまったわけではないと思うんです。私と近い世代の方がこの映画を観れば、細部まで完璧に描かれた時代の空気にどっぷり浸れると同時に、当時と変わらないピュアさが自分の中にあることに気づけるんじゃないか。そんな気もします」

 20代でエッセー集『知的悪女のすすめ』がベストセラーになり、“悪女”という虚像の独り歩きがしばらく続いた。30代前半で主にミステリーを書いていても、「こう書きたい」と思う作品の形から外れていくばかりで、不安が積もり積もった。

「そんな不全感に襲われている時期に、同世代の編集者との会話がきっかけで、小説のイメージがばっと膨らんで……。『無伴奏』を書き上げたことで自信がついて、のちに直木賞を受賞する『恋』を発表することができたと思います。本当にターニングポイントになった小説です」

“半年後はこういう小説を書こう”“1年後は……”などと執筆計画を立てることはまずしない。「水が流れるままに進んでいって、出たとこ勝負。きっと、死ぬまでそうだと思います」と穏やかな口調で話す。

「私の小説は、“恋愛小説”にカテゴライズされることが多いけれど、実はずっと変わらないテーマは、“エロス”と“タナトス”。恋愛だけじゃなく、死についても書いている。愛と死以外はあまり興味がないんですね。死に向かっていく人間の虚しさ、切なさも含めて、私の人間に対する眼差しはすべて、この『無伴奏』の時代に培われたものなのです」

週刊朝日  2016年4月1日号