「孤独死が止まらない」復興住宅なのに高まるリスク (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「孤独死が止まらない」復興住宅なのに高まるリスク

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田老の山あいに広がる仮設住宅。高台の復興住宅への転居が進んで入居率は半分を切る(撮影/松本創)

田老の山あいに広がる仮設住宅。高台の復興住宅への転居が進んで入居率は半分を切る(撮影/松本創)

雪かきの老人は「取り残されたよう」と寂しさを口にした(撮影/松本創)

雪かきの老人は「取り残されたよう」と寂しさを口にした(撮影/松本創)

「世界一の大防潮堤」で知られた岩手県宮古市田老。5年前の大津波はそれを越えて襲ってきた。根こそぎ流された町の中心部から車で15分ほど。山あいに400戸あまりの仮設住宅が立ち並ぶ。その一室で、一人の男性が遺体で見つかったのは、2014年の大みそかのことだった。

 元市役所職員の59歳男性。住民の通報で駆け付けた警察官が1Kの室内に入ると、古新聞や酒瓶で足の踏み場もない。万年床に倒れていた。死後3日で、死因は「急性心臓死」だった。

「心臓が悪かったわけでねえけども、仮設に入ってから『眠られねえ、眠られねえ』ばかり言ってた。どんどん顔色が悪ぐなって、痩せていって。酒ばかり飲んでねえでちゃんと食べろと言っても『食えねえんだ』って。倒れても電話する力もなかったんだべな……」

 同じ仮設住宅の別棟に住む88歳の母親は、息子の死を半ば覚悟していたかのように淡々と語った。彼の死から4カ月後に訪ねたときのことだ。私は生前の彼と少しだけ面識があった。

 田老で生まれ育った男性は、合併前の旧田老町役場に入り、長く広報を担当して活躍した。

「明治・昭和の大津波で村がほぼ全滅するなど、津波と繰り返し闘い、立ち上がってきた田老の町と人びとの歴史をいつか本に書きたい」

 男性はそんな夢を語っていたが、自分自身が「平成の大津波」に遭遇してしまう。大防潮堤のすぐ内側に立っていた自宅は流され、長年コツコツと集めてきた史料もすべて失われた。

 その落胆もあったのか、津波の約1年後に市役所を早期退職。独りで仮設住宅にこもるようになった。結婚歴はない。町職員時代は広報の仕事に熱心だったが、一匹おおかみ的なタイプで、人付き合いは苦手。兄弟はみんな田老を離れていた。

 孤独を深め、もともと好きだった酒を昼夜分かたず飲むようになった。老いた両親を車で病院や買い物に送り迎えする。それだけが、数少ない外出だった。


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