作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は、「慰安婦」問題は私たちの問題として考えるべきだという。

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「慰安婦」問題が、急に動きだした。12月28日、突然「日韓合意」が発表され、両国外相が「最終的かつ不可逆的に解決」と言い切り、多くのメディアが「歴史的合意」と評価した。正直、あのアベさんと、あのパク・クネさんがやったことを、どのくらい信じていいのか私は分からない。少なくとも、当事者の女性たちには、この「合意」は事前には全く知らされていなかった。

 私は「慰安婦」問題について、ここ数年、正確に言えば橋下徹大阪市長(当時)が「慰安婦制度は必要だった」発言をした2013年をきっかけに積極的に関わろうとしてきた。私と同世代の40代の男性政治家による発言は、やはり衝撃的だった。

 1991年に初めて「慰安婦」だった女性が声をあげてから、四半世紀。この間、日本政府、そして日本の司法は彼女たちの訴えに耳を貸してこなかった。そのことが問題だ、と私はそれまで思っていたけれど、橋下氏の発言で考えさせられたのだ。「慰安婦」問題を解決させないのは、政府や司法だけではない。私たちの社会における「男の性欲」に対する、ぼんやりと、ふんわりと、とてつもなくゆるく甘い、だけれど非常に強固で女を黙らせ、いやがおうでも従わせるような力を持つ「信仰」のようなものが、「慰安婦」問題に対する理解を、全く深めてこなかったのではないか。男の性欲は国に管理されてでも、女を搾取してでも守られるべき権利であり、優先されるべき「自然」であると、そんなふうに考えるような人を、この社会は育て続けてきたのではないか。

 
 私は性欲を否定しているのではない。というか私自身が、性欲ビジネスに身を置いている身だ。ただ、「男の性欲」に対する信仰心のようなものには、恐怖に近いものを感じる。「慰安婦」に対して繰り返されてきた暴言(「お金を払ったんだから、問題ない」「性病を蔓延させないために必要だった」「一般人を強姦しないために必要だった」などなど)は、いまだに性売買やポルノを肯定するために堂々と言われるものであるし、さらに「男の自然な性欲」の犠牲にならないよう注意をされるのは(夜道を歩くなとか、ミニスカートをはくななど)女たちだ。

 そういう「男の性欲」について、本気で、男の人に向きあってほしい。一緒に、考えていってほしい。そうでなければ、私たちは「慰安婦」問題を解決できる言葉を持たないまま、アベさんの言う「合意」にのまれてしまいかねない。

 もちろん、女性だけが「男の性欲」信仰の被害者ではない。男たちも被害者だ。国家に性を管理され、「突撃一番」という狂気としか言いようがないコンドームを配られ、「女を抱け」と列に並ばされる男たちは哀れだ。そしてそんな男たちに利用され、国家に搾取された女たちが置かれ、見た世界を、地獄と呼ぶ以外、なんと表現できるだろう。

 今、声をあげている「慰安婦」女性はその地獄を生き抜いてきた。彼女たちの言葉に耳を傾け、「私たちの問題」として考えるべきだ。

週刊朝日  2016年1月22日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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