法廷に通い、少年事件のマスコミの取材にも応じた毛利甚八さん (c)朝日新聞社
法廷に通い、少年事件のマスコミの取材にも応じた毛利甚八さん (c)朝日新聞社

 コミック総累計500万部超のメガヒット作品である『家栽の人』。その原作者でルポライターの毛利甚八(本名・卓哉)さんが11月21日、バレット食道がんで亡くなった。享年57。

『家栽の人』の連載が「ビッグコミックオリジナル」(小学館)で始まったのは、1987年4月。問題を起こして家庭裁判所に送られてくる少年少女に、土いじりの好きな桑田義雄判事が、草木を育てるように愛情を込めて接し、更生を促すストーリーだ。96年1月まで続いた。

 バブルに浮かれる日本社会にメスを入れる作品として話題になり、法曹界にも多くのファンを獲得した。しかし、大ヒットの陰で、毛利さんは「こんな判事がいるはずない。自分は現実からかけ離れた虚像を書いている」と悩み、苦しんでいたという。

 連載終了後も、毛利さんは精力的にルポルタージュやエッセーを発表した。『裁判官のかたち』『少年院のかたち』を発行した現代人文社の鳴澤壽信さんは話す。

「非常に誠実で真面目な人でした。とにかく綿密な取材が印象に残っています。1日かかってでも、取材対象者からとことん話を聞く姿勢を貫いていました。裁判員裁判について書いてほしいと思っていました。もう一度、仕事したかったです」

 絶筆となった『「家栽の人」から君への遺言』(講談社)の担当編集を務めた井上威朗さんも言う。

「穏やかな方で、取材対象者とぼんやり世間話をし始めるんです。『今日は、いい天気で釣りができますね』みたいな感じで。本当に桑田判事のような性格でした。そのうえで単刀直入に『非行少年を雇って怖くないですか』『お金を盗まれたりするんでしょうか』など質問をあびせ、更生をサポートする人たちに食い込んでいきましたよ」

 毛利さんは少年犯罪の現場に足しげく通い、被害者、及び加害者に数限りないインタビューを重ねた。

「この本で自分が末期がんであることを公表しました。もう一冊書くと執念を見せていたのに、悔しいです」(井上さん)

 犯罪者を「悪」と断罪せず、犯した失敗を突き詰めて考えてみる──。毛利さんのまなざしは厳しく、優しかった。

週刊朝日 2015年12月11日号