日比谷公会堂公園の木々の間に立つ煉瓦の外観の日比谷公会堂(撮影/伊ヶ崎忍)
<br />
日比谷公会堂
公園の木々の間に立つ煉瓦の外観の日比谷公会堂(撮影/伊ヶ崎忍)
渋谷公会堂10月18日の見学会ではステージ床へのサインが許され、参加者は熱い思いを書き込んだ(撮影/関口達朗)
<br />
渋谷公会堂
10月18日の見学会ではステージ床へのサインが許され、参加者は熱い思いを書き込んだ(撮影/関口達朗)

 多種多様なコンサートが開かれ、親しまれてきた公会堂が続々閉館。昭和の思い出の地がまた消えていく──。

【さよなら公会堂】その他の写真はこちら

◇日比谷公会堂
1929年に多目的ホールとして落成。隣接する市政会館と共に、日比谷のランドマークとして愛されてきた。60年代初頭まで、国内での主なクラシックコンサートはここで開かれた。政治講演会の利用も多く、60年には浅沼稲次郎社会党委員長刺殺事件が起きた。来年3月に休館。再開時期は未定だが、建物の外観を生かす形でオープンする

◇豊島公会堂
戦前に建てられた公会堂が空襲で焼失したこともあり、まだ池袋駅前に闇市が残る52年に建てられた。コンサートのほかに、政党や宗教団体の集会、民俗芸能、歌舞伎など様々な分野で利用された。来年2月に閉館。現在は802席しかないが、隣接する旧豊島区役所庁舎跡地も用いて、2019年に1300余席の新ホールに生まれ変わる

◇渋谷公会堂
64年に完成し、東京五輪重量挙げ会場として使用されたのが“こけら落とし”。三宅義信選手が金メダルに輝いた会場だ。70年代になると、コンサート会場として若手歌手の登竜門のような存在となっていく。また「8時だョ!全員集合」「ザ・トップテン」などの公開番組で使われることも多かった。10月4日の沢田研二のコンサートを最後に、閉館した。時期は未定だが、公園通り沿いに再オープンすることは確実

週刊朝日 2015年11月27日号