社長の理不尽な命令に舌打ちしながらも、家族のために身を粉にして働いてきたお父様方は、本能寺の変でワンマンな暴君を討った光秀に「よくやった!」と感情移入されるかもしれません。でも、この物語で見えてくるのは、何があっても主君に仕えるという女性の肝の据わり方です。身をもって善悪とは何か、主君に仕える厳しさを教えるさつきの存在感にきっと圧倒されることでしょう。

 ちなみに、浄瑠璃で使われる人形の顔部分は「首(かしら)」と呼び、若侍や遊女など役柄によって使われるものが決まっています。歴史上の豊臣秀吉は色黒で猿に似ているとされますが、この浄瑠璃に登場する秀吉の首は「意志が強くて色白のイイ男」を指す検非違使(けんびし)と呼ばれるものです。一目でスーパースターだと分かります。それは何故か? 秀吉は大阪で人気があったからです。民衆のために堀を開削して流通網である水路を整備。商売がしやすいように土地を区画整理して、今でいうところの経済特区を設け、街の発展に貢献したのです。これが後に道頓堀にブロードウェーができることにつながりました。つまり、大阪で生まれた文楽ならではのご贔屓(ひいき)エピソード。

 今年は道頓堀が開削されて四百年の節目。と同時に豊臣家が滅亡した大坂夏の陣の四百周年でもあります。秀吉について思いを巡らす機会ということで、人形の首に注目してご覧になるのも一興かと。

豊竹咲甫大夫(とよたけ・さきほだゆう) 
1975年、大阪市生まれ。83年、豊竹咲大夫に入門。86年、「傾城阿波の鳴門」おつるで初舞台。今回の「絵本太功記」では夕顔棚の段を務める。

※「絵本太功記」は10月12日まで、地方公演の夜の部で上演。スケジュールは文楽協会HP(bunraku.or.jp)。開演時間、料金、空席状況は各会場に問い合わせを。

(構成・嶋 浩一郎、福山嵩朗)

週刊朝日 2015年10月9日号