織田家18代当主・織田信孝「『織田廟宗家』を名乗る困った人」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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織田家18代当主・織田信孝「『織田廟宗家』を名乗る困った人」

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織田家を名乗るある人物に困っている?(※イメージ)

織田家を名乗るある人物に困っている?(※イメージ)

 戦国時代の武将・織田信長の子孫である織田家18代当主の織田信孝(のぶたか)さんは、織田家を名乗るある人物に困っているという。

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 本能寺は寺町御池という京都の中心部にある。信長公廟(びょう)があり、亡くなった家臣の廟もある。塔婆の並ぶところに目をやると、「天正事変戦没者(森蘭丸など)の供養をあなたの名前でしてみませんか? 塔婆1枚……500円」とあった。京都の寺はまことに商売上手である。

 10年ほど前、ここで奇妙な催しがあった。「織田家、明智家が和睦」というものだ。このとき明智家からは、『本能寺の変 431年目の真実』などを著した明智憲三郎氏、織田家からはA氏という人が出てきた。

 明智氏のことは知らないが、A氏は私にあいさつに来たことがあった。元埼玉県の公務員で、安土のそう見寺(そうけんじ※)の住職の末裔(まつえい)であることが彼の父の代で判明したという。そのときの彼は織田家にゆかりがあることがわかって喜んでいるだけに見えた。

 しかし、それからほどなくして、この人は自らを「織田宗家13代当主」と称して、あちこちで「和睦イベント」を始めたり、テレビなどに露出し始めた。明智家との和睦イベントはその一つである。

 私はびっくりした。というよりあきれた。歴史には未知のことが山ほどある。軽々しく後知恵で触れるべきでないというのが歴史学者の常識的な見解だそうだし、子孫にとってはそれが先祖への礼儀だと私は思う。それに織田家には宗家は存在しない。信長の長男(信忠)の血筋は途絶えたので、どの家系も宗家とは名乗らずに今日に至っている。だから、いきなり出てきた「宗家」にも驚いた。


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