幻となった昭和天皇の沖縄訪問 その心中を元側近が証言 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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幻となった昭和天皇の沖縄訪問 その心中を元側近が証言

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1987年、療養中の昭和天皇の名代として出席した沖縄国体開会式で、お言葉を代読する皇太子さま (c)朝日新聞社 

1987年、療養中の昭和天皇の名代として出席した沖縄国体開会式で、お言葉を代読する皇太子さま (c)朝日新聞社 

 昭和の時代に関心が高まっている。昨年には「昭和天皇実録」が公開され、今年は戦後70年という節目の時期である。元側近の記憶をたどれば、昭和天皇の心のひだも見えてくる。

 高知県警本部長を務めた齊藤正治さん(78)は昭和60(85)年から3年間、宮内庁に出向した。その後、警察官僚として警視庁副総監などを歴任し退官した。

 宮内庁では総務課長として、植樹祭や国体など昭和天皇の地方公務全般を取り仕切る役目を担った。齊藤さんは、幻に終わった昭和天皇の沖縄訪問に尽力したひとりだ。

「実現はしませんでしたが、陛下ご自身の沖縄と沖縄県民に対する思いは大変に深く強いものがありました」

 昭和62年は、秋に沖縄で国体が開催されるという年だった。

 この年の4月、昭和天皇は誕生日にあたっての会見で、「念願の沖縄訪問が実現することになったならば、戦没者の霊を慰め、長年の県民の苦労をねぎらいたい」と訪問への希望を述べた。宮内庁としても、天皇訪沖をなんとか実現させたいと考えた。齊藤さんは、7月末から8月にかけて、卜部(うらべ)亮吾侍従とともに事前調査のために沖縄県を訪問。水面下で準備は進んでいた。

 だが、9月に入り、昭和天皇は体調を崩してしまう。侍医らは手術を決め、天皇訪沖は幻に終わった。

 代わって、当時皇太子であったいまの陛下が名代を務めた。皇太子ご夫妻は、糸満市の国立沖縄戦没者墓苑を参拝し、沖縄平和祈念堂で昭和天皇のお言葉を読み上げた。


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