今年1月下旬に厚生労働省は「2015年度の公的年金の受取額」を公表した。厚生年金を受け取る夫婦2人のモデル世帯では、月22万1507円となり、14年度より2441円増える。モデル世帯とは、夫の平均的収入(賞与を含む月額換算)が42.8万円で40年間働き、妻が専業主婦のケース。一方、自営業者や非正規社員らが加入する国民年金は、満額で6万5008円で608円増える。満額を受け取れるのは40年間保険料を払い続けた人で、保険料の未納期間があると年金額は減る。

 今回いずれのケースも、前年度より受取額は上がっているが、新聞などでは“年金抑制ついに始動”“年金実質目減り”などと報道されている。

 受取額は増えているのに、実質減とはどういうことか。

 ニッセイ基礎研究所年金総合リサーチセンターの中嶋邦夫主任研究員が、こう説明する。

「今年の4月から、年金を受け取るすべての人を対象に、『マクロ経済スライド』が実施されるからです。これは、年金額を物価や賃金の上昇どおりには引き上げずに、一定額を抑える仕組みになります」

 04年、自民・公明連立政権下で、「年金100年安心プラン」と題し、今後100年間、年金の受取額は現役時代の収入に対して最低50%を保証するために、年金制度改革が行われた。そのひとつが、この「マクロ経済スライド」だ。

 理解を深めるために、ここで年金について、もう一度、おさらいしておこう。

 そもそも年金額は、物価や賃金の変動に応じて、毎年、改定されることになっている。物価が上昇すれば年金額も上がり、下落すれば下がる「物価スライド制」が導入されている。ところが、「高齢者の生活への配慮」を理由に、00年度から02年度の3年間、当時の自公政権は、物価スライドを凍結した。物価の下落に合わせて年金額を減額すべきところを据え置いたのだ。

 このため、現在の受給者は本来もらうべき年金額より多くもらっている。これを適正額に戻すために13年10月から1%、14年4月から1%減額し、さらに15年4月にも0.5%下げる予定だ。

 ここで「マクロ経済スライド」に話を戻そう。本来ならば、この「もらいすぎ」が解消されれば、物価や賃金が上昇すると、その分年金額も上がることになる。だが、そうはならない。「マクロ経済スライド」の運用の開始で、物価や賃金の上昇率に比べ年金額の伸びが抑えられるためだ。

 抑える率(スライド調整率)は、保険料を払う現役世代の減り具合と、年金を受け取る人数を左右する平均余命の延びから決まる。デフレ下では発動できないことになっていたが、アベノミクスで円安が進み物価が上がったことで4月から運用されることになった。

 厚生年金を受け取る夫婦2人のモデル世帯は、前年度よりも4453円プラスの22万3519円もらえたはずだが、実際は月22万1507円。実質的に2012円減っている。

 15年4月からの年金額を計算すると、物価や賃金の上昇を反映して2.3%年金額を増やすところ、マクロ経済スライドの0.9%が減額された。

 これが、「増えているのに減っている」理由だ。

「厚労省が『マクロ経済スライド』を実施するのは、急激な少子高齢化で年金制度の持続が課題となっているからです。将来の現役世代が納める保険料は、現在の2倍になってしまうので、年金を受け取る人にも負担を求めて、バランスを取ろうとしているのです」(中嶋氏)

 年金制度を維持するために、給付をカットしているといえる。

週刊朝日 2015年3月6日号より抜粋