麻原死刑囚をいまだに「尊師」 高橋被告公判でわかった呪縛 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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麻原死刑囚をいまだに「尊師」 高橋被告公判でわかった呪縛

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 地下鉄サリンなど四つの事件で殺人罪などに問われているオウム真理教元信者、高橋克也被告(56)の公判が連日、東京地裁で開かれている。一連の事件で起訴された192人の最後の一人。23日までの6回すべてを傍聴したジャーナリストの江川紹子さんが話す。

「表情がない。元教祖の麻原彰晃(本名松本智津夫)死刑囚の呪縛が全く解けていないと思います」

 審理は死傷者が出た1994年の「VXガス襲撃事件」からスタートした。黒のスーツ姿で現れた高橋被告は頬がこけ、ワイシャツの首回りはブカブカ。被害者で「オウム真理教家族の会」の永岡弘行会長を見ると、弁護人に背中を押されるように頭を下げた。

「ちょっとでも悪かったと思えば、自分の行為で九死に一生を得た人に自然と謝罪の気持ちを表すはず。無罪を主張しているが、刑事的責任とは別に道義的責任があると思います」(江川さん)

 公判には井上嘉浩(45)、中川智正(52)、新実智光(50)ら3人の死刑囚が証人として出廷したが、傍聴人席とは衝立で隔てられ、見えなかった。

 井上死刑囚は21日に「私は高橋さんの上司だった。高橋さんが事件に関与したのは私に責任がある」と証言。スクリーンに教団施設の見取り図が投射されると、タッチペンを手にし「初めて使う」と戸惑った。前出の永岡会長が語る。

「井上君は法廷で私に直立不動で頭を下げた。彼は拘置所で自殺未遂を図ったことがあり、直後に接見して『とんでもないことをするな。生きて償え!』と叱ると唇をかみしめてました」

 中川死刑囚は翌22日に証人台へ。京都府立医科大を卒業し、医師免許取得直前の88年2月に入信。その動機を弁護人に聞かれ、

「冷やかしの気持ちで行ったオウムのイベントで光が見えるといった非日常的な体験をし、コントロールが利かなくなった。社会生活が困難になり、出家した」

 新実死刑囚は23日に出廷。永岡会長によると、もんぺの紺の作務衣姿で、麻原死刑囚をいまだ「尊師」と呼んだ。94年9月20日、江川さん宅の郵便受けからホースで猛毒ホスゲンを噴霧したが、

「(少量しか出せず)私は失敗した。だから、その後のVX事件で私は諜報省にいた井上君の補助をすることになったのです」

 一連のオウム事件は当時、日本社会を大きく揺るがした。しかし今では傍聴人席に空席が目立ち、前出の永岡会長の言葉に虚無感さえ漂う。

「彼らはたった一回の人生で、償うことのできない大罪を犯した。こうなる前に宗教法人の認証を取り消すべきだった。行政と大人である我々もだらしなかったのです」

 高橋被告の公判は春まで続く。

(本誌・上田耕司、永井貴子、牧野めぐみ)

週刊朝日  2015年2月6日号


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