ジャーナリストの田原総一朗氏は、自民党が大勝した今回の衆院選について安倍首相の本当の狙いについてこう語る。

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 自民党の圧勝に終わった今回の衆院選は、安倍晋三首相が、次の衆院選までの4年間の時間を獲得するための選挙であった。

 安倍首相の本当の目的は、戦後レジームからの脱却である。戦後レジームからの脱却には、4年間という時間が必要だったのだ。しかし、安倍首相をはじめとする自民党の政治家たちは国民に対して、今回の争点は消費増税の延期などあくまでも経済問題が中心であり、アベノミクスへの国民の信を問うと強調した。

 民主党をはじめとする野党やマスコミはこれに乗せられて、一斉にアベノミクス批判を繰り広げた。だが、国民の多くはアベノミクスに懐疑的ではあるものの、それほど強い反感を持っているわけではない。アベノミクスへの対案を示せない野党が議席を伸ばせなかったのは当然である。野党やマスコミは、まんまと安倍首相の戦略にしてやられたのだ。

 私は、戦後レジームからの脱却には、4本の柱があると考える。

 一つ目は東京裁判史観からの脱却だ。日本は連合国により昭和の戦争を侵略戦争と断罪され、東京裁判で判決が出たA級戦犯25人全員が有罪となり、7人が処刑された。安倍首相も昭和の戦争が正しかったとまで言うつもりはないだろう。ただ、侵略戦争というなら、ベトナム戦争やイラク戦争を起こした米国や、第2次世界大戦でポーランドやフィンランドなどを侵略したロシアはどうなるのか。こうした点を突いていくことは考えているのではないか。

 
 二つ目は憲法改正だ。憲法は戦後に米国が押し付けたもので、これは日本弱体化政策だったとされる。米国も日本が独立したら憲法を改正すると思ったが、日本政府はしなかった。宮沢喜一元首相が私に「日本は自分の体に合った服を作るのは下手だが、押し付けられた服に体を合わせるのはうまい」と言ったことがある。自衛隊ができた後、米国は佐藤栄作首相に「ベトナムに来て一緒に戦おう」と言ったが、佐藤首相は「戦いたいのはやまやまだが、あなたの国が憲法を押し付けたから戦うわけにはいかないんだ」とかわした。イラク戦争のときも、小泉純一郎首相はブッシュ大統領を全面的に支持したが、同じ理屈で戦闘地域へは自衛隊を派遣しなかった。戦後の自民党は米国が押し付けた憲法を非常にうまく使ってきたわけだが、今後はこの方針を転換していくことになる。

 三つ目は対米従属からの脱却だ。これまでは米国への完全な従属だった関係を、もう少し自立した、より対等に近いかたちに持っていく。具体的には来年以降、国会で関連法案が審議される集団的自衛権だ。現在は、日本が武力攻撃を受けたら日米安保条約により米国が救ってくれるが、米国が攻撃されても日本は助けられない。この関係を変える。

 四つ目の柱は教育改革。これは教育基本法の改正や道徳の「教科化」など、もう半分手が付けられている。

 安倍政権はこれからの4年間をフルに使って、これらの改革を進めていくだろう。私は4年間では憲法改正まではいかないと思うが、その基盤は作ると思う。特に2016年7月の参院選の結果次第では、自民党など改憲勢力が参院で3分の2を獲得する可能性がある。憲法改正の発議の条件である両院の総議員の3分の2以上の賛成が、視野に入ってくる。安倍政権の次の狙いはこれであり、それまでは、憲法改正を大きな声で言うことはないだろう。

週刊朝日  2014年12月26日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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