大瀧詠一没後1年 伝説のバンド ぱっぴいえんどが蘇る 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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大瀧詠一没後1年 伝説のバンド ぱっぴいえんどが蘇る

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(c)野上眞宏

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 1968年、ベトナム反戦デモ、東大、日大から各地の大学、高校へと飛び火した学園闘争、3億円事件。深夜放送が聞き逃せなくなっていたあの頃。ザ・フォーク・クルセダーズの「帰ってきたヨッパライ」を発端にアングラフォークが脚光を浴びた。

 69年の秋、細野晴臣、松本隆、大瀧詠一に鈴木茂が加わり、“はっぴいえんど”が誕生する。デビュー作『はっぴいえんど』(70年)は先鋭的な漫画誌「ガロ」の常連作家からの影響が見逃せなかった。カバーを手掛けたのは漫画「赤色エレジー」の作者・林静一。収録作「春よ来い」は永島慎二の作品「漫画家残酷物語」が思い浮かぶ。明日への不安、焦燥を抱える若者の心情を描いた作品の背景には、60年代末期の閉塞した社会状況が見え隠れしていた。しかし、マイナー調主体のメロディーと演奏は「重苦しい」とされ、日本語によるロックも、前例のない試み故に理解されにくかった。

 その後、フォークからの脱皮を試みた岡林信康との共演で知名度を得た彼らは『風街ろまん』で絶大な評価を得る。“風・街”を主題に都会生まれの若者の回顧、地方出身者の郷愁を描いた同作で、独自のスタイルを確立。抒情的な「風をあつめて」も話題になった。3作目の『HAPPY END』では外来文化への憧れをシニカルに表現。常に自己の存在を冷静に見つめ続けた。その評価は年月を得て増し、今、改めて熱い目が注がれている。

(小倉エージ)

週刊朝日  2014年12月12日号


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