ベートーベンやシューベルト、ブラームスなど歴史に残る音楽家が埋葬され、オーストリアの重要文化財も数多い「ウィーン中央墓地」。総面積250万平方メートルと青山霊園の約10倍の広さで、年間約2千万人が訪れる観光地でもあるが、ここに日本人が墓をつくる権利が発売され、注目されている。

 墓地の使用権を獲得したのは兵庫県姫路市にある「ワールド・ミュージックファン・セメタリー」。同社代表取締役の三島成康氏が、こう語る。

「従来の墓の多くは故人の遺志を尊重するものではありませんでした。私を含め、日本に音楽好きは多いので、美しい景観の中で楽聖たちのそばに埋葬されたらどんなに幸せかと思い、十数年の交渉を経て、2011年に310人分の埋葬スペースを手に入れました」

 ベートーベンら楽聖たちが眠るのは「音楽家特別名誉区32A」という区画。同社が取得したのは、そこから約70メートル離れたれんが造りの建造物の中の「特別名誉霊廟アーケードNo.5」という区画だ。地上部分には彫像や埋葬者の名前が刻印された記念墓碑が飾られ、地下の石室内に納骨されることになる。

「刻銘板の大きさや納骨棚により、300万円、500万円、1千万円の3種類の価格設定です。現在、ロシアやシンガポールなど海外からも問い合わせがきています」(三島氏)

 高価ではあるが、購入後は掃除や修理などの管理もしてくれるため、墓参りをして清掃するなどの煩わしさは一切ないという。

 指揮者の中川謙人氏(77)は、今春、500万円の区画を購入した。

「死んだら、音楽家にとって故郷である“音楽の都ウィーン”に帰ろうという気持ちです。私は独り身で兄弟に先祖のお墓も任せられるので、自分のお墓にも夢をもちたいと思って購入しました。おそれおおいですが、大好きなシューベルトのそばで眠れたらとても光栄です」

 葬祭カウンセラーの二村祐輔氏が解説する。

「メモリアルとしてお墓に思い入れをもつ人と、できるだけ簡素に済ませたい人の二極化が進んでいます。ウィーンに埋葬されることは、音楽愛好家には憧れで、お金には代えられない価値があります。ウィーンに埋葬されることを自分のステータスと考え、余生の潤いにもつながるはずです」

 楽聖たちと“墓友”になって永眠。確かに音楽好きにはプライスレスだろう。

週刊朝日  2014年11月14日号