美人受付嬢も人気だった…「代ゼミ」が衰退した理由とは (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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美人受付嬢も人気だった…「代ゼミ」が衰退した理由とは

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週刊朝日
08年に竣工した本部校のタワー(撮影/堀内慶太郎)

08年に竣工した本部校のタワー(撮影/堀内慶太郎)

 駿台予備学校、河合塾とともに“3大予備校”と称されてきた代々木ゼミナールは全国27校中20もの校舎で募集停止する大リストラ計画を発表した。予備校生き残り「決戦」の舞台から、撤退を決めたのだ。

 1957(昭和32)年創立の代ゼミは、人気講師を次々と売り出し、「講師の代ゼミ」と呼ばれ、最盛期の90年代には学生数が8万人にのぼった。このころ、武道館や大きな体育館を借り切って開かれる「入学式」が話題にもなった。

 その土台を築いたのは、今は亡き創業者の高宮行男前理事長だ。学校設立時、生徒の実力に応じてカリキュラムを自由選択できるアラカルト方式を導入。そこでこだわったのが、優秀な講師をそろえることだった。

 高宮前理事長は、早稲田大学で英文法を教えていた西尾孝氏を口説くために、1コマ3万5千円の講師料を提示したという。大卒新入社員の月給が8千円だった時代のことだ。同様に「受験の神様」と呼ばれる講師を次々とスカウトし、作家の小田実も講師をしていた70年代には、日本でいちばん多くの浪人生が学ぶ予備校に成長させた。

 人気の秘密はほかにもあった。予備校の受付窓口には、ミスコンテストで優勝できるような美しい女性をそろえ、男子学生を喜ばせた。高宮氏は後にその理由を「親心のつもり」だったと回想している。


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