ドラマ評論家の成馬零一氏は、今期ドラマで特筆すべきはフジテレビ系のあのドラマだという。
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夏のドラマが出揃いましたが、中でも、一番の話題作は、やはり木村拓哉主演の『HERO』でしょう。
本作は2001年に放送された『HERO』の続編。第1話の平均視聴率はなんと、26・5%(関東地区)を獲得。残念ながら第2話は19・0%(同)と、大きく下がってしまいましたが、それでも今期のドラマの中ではダントツの数字。近作では変化球続きだった木村拓哉の、直球ストレートが久々にバシッと決まった感じです。
木村拓哉が演じる久利生公平は、Tシャツにジーパンというラフな格好で仕事をし、通販の筋トレグッズを買うことが趣味の型破り検事。
物語は毎回、容疑がかけられた人間を裁判にかけるかどうかを決める「起訴」がポイントとなり、すぐに書類送検するような事件も、久利生は疑問があれば何度も捜査し、事件現場にもおもむきます。
これは現実ではあまりないことですが、久利生の捜査によって事件の意外な真相を明らかにしていくことがドラマの面白さです。久利生と周りの人物の掛け合いも魅力の一つで、松たか子、阿部寛といった前作の人気キャラこそ出演してませんが、新しく登場した北川景子が演じる怒りっぽい事務官、麻木千佳は、前作で久利生とコンビだった学級委員的な雨宮舞子(松たか子)とは違う魅力で、
「わっかんないのはアンタでしょ!」
「今、アンタって言ったよな!?」
といった、麻木の乱暴な口調に久利生がイラッとくるやりとりが、新シリーズの見所となりそうです。
他の検事たちは犯人を起訴しようと躍起になり、マスコミの報道はどんどん過熱。しかし久利生は居酒屋での事件の捜査を進めていき、やがて意外な真相にたどり着きます。
『HERO』(英雄)という威勢のいいタイトルですが、久利生の行動原理は実にクール。検事として起訴の是非を見極めるために“徹底的に捜査をする”ということだけです。
番組のキャッチコピーは「時代は変わった。この男はどうだ。」ですが、特定秘密保護法や集団的自衛権の問題など、政治の世界では議論の手続きが不十分なまま、次々と大事なことが決まっています。一方、20年の東京オリンピックに向けて、世間の景気は、にわかに盛り上がりを見せており、前作が放送された01年に比べると、ずいぶんと荒っぽい時代となってしまいました。だからこそ、久利生の、あるいは木村拓哉のクールさは、「ちょっ、待てよ」という感じで、狂騒の時代に対するカウンターとなっているのです。
今回の『HERO』で、木村拓哉は新しいステージに入ったと思います。しかしそれは、ある種の保守回帰で、みんなが見たいキムタクをきっちりと演じるというものです。その意味で、『HERO』は昔と変わっていません。むしろ、変えなかったことに意味があるのです。
※週刊朝日 2014年8月8日号