作家でコラムニストの亀和田武氏が、週刊朝日連載コラムで雑誌批評を行っている。今回は「新潮45」。

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 挑発的なのに、バランスがとれている。そこに知的ゴシップの愉しみがちりばめられていれば、いうことなし。「新潮45」(新潮社)7月号を読むと、このレベルに近づいていると感じる。

 いかにも“新潮”流の記事も目につく。百年一日の如き朝日新聞叩きには、目新しい切り口がないから、リベラル攻撃の毒と挑発性もない。あ、またやってるヨで終わり。

 ところが、それに交じって「『国策舞踏集団』EXILE」なんていう、タイトルからして、ゴシップ的批評感覚あふれる小田嶋隆のコラムというか軽評論(ホメ言葉ですから)がのっている。

 ヤンキー層の“穏当なアイコン”であるEXILEが“天皇陛下御即位二十年”の奉祝歌を献納し、ASEAN首脳会議の夕食会でも歌い踊るという不思議を解きあかす読み物が、反原発を叩くパターン化された記事と同居している雑居感が、雑誌の予定調和をぶち壊していて愉快だ。

 建築家、伊東豊雄の「『新国立競技場』という世紀の愚行」も、じっくり読ませる。伊東自身も今回の設計コンペには参加したことを冒頭に記しているのがフェアに映る。「これでやるの? おれのほうがいいのに」という正直な感想も笑えた。

 しかし笑ってばかり、いられない。コンペは結局、ザハ・ハディドの「鳥瞰図1枚だけで判断されてしまったという印象」だ。避難場所や混雑緩和はどうするのか。「この建物で仮に何か事故が起きて犠牲者が出てしまったというときに、誰も責任者がいない状態になってしまう」。いま国立競技場を解体したら、ヤバイ。もう何カ月か改修プランを練ったらどうか。そんな専門家の意見が読めるのも、編集者のバランス感覚ゆえに思える。

週刊朝日  2014年7月11日号