田原総一朗 戦争世代が「戦後レジーム」を守った本当の理由 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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田原総一朗 戦争世代が「戦後レジーム」を守った本当の理由

連載「ギロン堂」

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 戦後日本に不満を持つ論客の特集を読んだジャーナリストの田原総一朗氏は、戦後の体制から抜け出せなかった理由をこう話す。

*  *  *
 文藝春秋6月号が、「安倍総理の『保守』を問う」という大特集を組んでいる。特に「時代を刺激する論客八人の本音」という、上杉隆氏によるインタビューが興味深かった。

 田母神俊雄氏、萩生田光一氏、水島総氏、小林よしのり氏、岡崎久彦氏、前原誠司氏、櫻井よしこ氏、石原慎太郎氏の8人で、強弱の差はあるが、戦後69年間の日本のあり方に怒っているのである。小林氏、岡崎氏、前原氏を除く5人は特に、我慢ならないという強い怒りをあらわにしている。いわば「戦後レジーム」から脱却すべきだと強調しているのである。

 だが、サンフランシスコ講和条約で日本が独立して以来、細川護熙内閣と羽田孜内閣の約11カ月間、民主党政権の約3年間を除いては、ほとんど「保守」である自民党政権が続いた。「戦後レジーム」とは、言ってみれば自民党政権そのものであった。前原氏、石原氏以外の「保守」論客たちはおそらく自民党以外の政党を支持していないであろうが、その自民党が築いた「戦後レジーム」は我慢ならないと思っているのだ。

 論客らの意見は主に、憲法改正(あるいは破棄)をして堂々と軍隊を持って戦える国家にすること、核兵器を持つこと、靖国神社に参拝すること、対米従属から自立することなどだ。5年前ならこれらの主張は「右翼の三百代言」として扱われたかもしれない。それが一定のリアリティーをもって認知されるようになっている。もちろん、彼らは自分たちの意見を正しいと思っているだろうし、私もその正当性をまったく認めないわけではない。

 私も、東京裁判には大いに問題ありだと考えている。太平洋戦争で日本の敗北がほぼ確実となった時点で、イギリスのチャーチル首相とアメリカのルーズベルト大統領が会談して、敗戦国日本を裁くのにどんな罪を科せばよいか相談して、「平和に対する罪」なるものを考えついたのである。法律とは制定された以後の事柄を裁くものなのに、満州事変までさかのぼらせ、事後法でA級戦犯なる犯罪者が作られた。だからA級戦犯など認められないというのは正論である。だが、日本はサンフランシスコ講和条約で東京裁判の判決を全面的に認めることを前提として独立している。A級戦犯を認めないというのは、サンフランシスコ講和条約を認めないことであり、アメリカ、そして国連を認めないことになる。

 さらに、現憲法は確かにマッカーサーの占領軍が作ったのだが、だからこそ、主権在民、言論、表現、集会、結社などの自由をうたい、国権の発動としての武力行使、戦争を放棄するという画期的な内容になったのではないか。ただし、当時は占領下で日本は非武装であり、私は自衛隊の存在は明文化して加えるべきだと考えている。

 マッカーサーの占領軍は、昭和天皇を戦争責任者として東京裁判にかけることをせず、天皇制を持続させた。その意味で、私は「戦後レジーム」とは昭和天皇とマッカーサーがつくりあげたものだと考えている。だからこそ現在の天皇も憲法の尊重を表明し、A級戦犯が合祀されている靖国神社には参拝しないのではないか。そして戦争を知る世代の首相たちも「戦後レジーム」から脱却しようとしなかったのである。

 あるいは、それは私自身も含めて、戦争を知る世代の限界なのかもしれないが……。

週刊朝日  2014年5月30日号


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田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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