米国でブラック企業が存在しにくい理由
連載「虎穴に入らずんばフジマキに聞け」
春闘ではベースアップ(賃金が一律に引き上がること)が報じられるが、それでも欧米諸国に比べると労賃が上がりづらい日本。これには終身雇用制が関係していると、モルガン銀行東京支店長などを務め、“伝説のディーラー”の異名をとった藤巻健史氏は指摘する。
* * *
1987年のブラックマンデーの数日後、モルガン銀行のニューヨーク本店を訪ねた私は当時の資金為替本部長、のちの副会長カート・ビアメッツに、ディーリングルームの真ん中で怒鳴られた。「なぜこの重要なときに、のこのことニューヨークに出てきたのだ。Uターンして東京で指揮を執れ」とのことだった。強面(こわもて)で大柄なカートに小柄な私が激しく怒鳴られているのだから、一癖も二癖もある米国人ディーラーたちも、さすがにかわいそうに思ったのだろう、ディーリングルームが一瞬シーンとなった。すごすごと帰ろうとしたら、カートの部屋に呼ばれて丁重に謝られた。
新聞報道によると、今春は多くの企業でベアがあるようだ。政府からの賃上げ要請が少なからず効いたのだと思われる。結構なことではある。先日、某米紙記者からこの点について感想を求められた。米国人の目には、「賃上げを政府が民間企業に依頼する」ことが極めて奇異に映ったのだ。「普段から『日本は社会主義国だ』と言っているが、これなど社会主義国家の例として最たるものだ」と答えておいた。労賃は、資本主義国家においては労働市場の需給によって決まるものだ。他社より給料が低ければ労働者は他社に移っていくし、逆も真なりなのだ。政府介入が多少なりとも効果があるのは日本が終身雇用制の国で労働市場に流動性がなく、市場原理がまったく働いていないからだ。

おすすめの記事
あわせて読みたい