生物学者である早稲田大学国際教養学部の池田清彦教授は、伝統的な進化論では否定されるであろう実験をこのように提案する。

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 STAP細胞はとりあえず個体発生に関する話だ。哺乳類のような高等動物においでも、分化した細胞といえども案外可変的だということが分かったのは大きな成果だ。将来は、わざわざ未分化な細胞に戻さなくとも、適当な外的刺激を与えることにより、皮膚の細胞から肝細胞へ、あるいは心筋細胞へといった変換が可能になるかもしれない。

 ところで、外的刺激が遺伝子の発現パターンを変えるという文脈で私が興味があるのは遺伝子の突然変異によらない進化可能性である。自然状態においても、遺伝子が変異しなくとも環境刺激だけで形態が変わる現象はよく知られている。一番有名なのはミジンコであろう。ミジンコの中には捕食者のユスリカやフサカの幼生の存在によって形を変えるものがある。このミジンコは捕食者の幼生が放出する匂い物質により形態が変化する。捕食者がいない時は頭が丸いだるま型になるが、捕食者がいると頭に突起を持つヘルメット型になり、捕食され難くなる。

 だるま型のミジンコとヘルメット型のミジンコは遺伝子型に違いがなく、環境要因の変化により形態が変わる。これを表現型多型と呼ぶが、ミジンコの表現型多型は極めて適応的なところが面白い。この場合も原理的にはSTAP細胞と同様に外的刺激が遺伝子の発現パターンを変えたに違いない。

 自然界にはこういう例は沢山あって、サカハチチョウやアカマダラといった蝶は春型と夏型で翅の紋様が大きく異なる。成長期の温度が遺伝子の発現パターンを少し変化させて紋様を変えたに違いない。あるいは、アブラムシ(アリマキ)の中には、遺伝子組成が全く同じクローン個体の一部だけが、成虫にならずに幼生のまま形態を変えて兵隊アブラムシになるものが知られている。これも一種の表現型多型である。表現型多型は、しかし、それだけでは進化に結びつかない。環境要因と形態の対応関係は進化の結果として、ほぼ一意に決定されているからだ。

 進化が起こるためには、外的刺激によって今までに見られない形態が出現し、それが固定されなければならない。オーソドックスな進化論はこういう考えに否定的だが、生命の長い歴史の中では、経験のない環境変動に遭遇した卵が、遺伝子の発現パターンを変化させ、新しい形態の親に発生する可能性は排除されない。誰か片手間でもいいから、受精卵を様々なストレスに曝す実験をしてみないかしら。偉い先生には、進化学150年の歴史を愚弄するものだ、と言われそうだけれどね。

週刊朝日  2014年3月14日号