12月5日、57歳という若さで亡くなった歌舞伎俳優の中村勘三郎(本名・波野哲明)さん。二十数年来の親友だった野田秀樹さん(56)は、勘三郎さんの訃報を「演劇界の災害」と表現した。野田さんの舞台「THE BEE」を観劇した晩、勘三郎さんたちと飲みに繰り出したときの様子を、朝日新聞文化くらし報道部の藤谷浩二記者が明かす。

*  *  *

 私的な会話だったが、書き残しておくべきことがある。勘三郎さんは今年4月に新橋演舞場で上演された若手俳優による「仮名手本忠臣蔵」を厳しく評し、こう続けた。「あいつらが死ぬ気で頑張らないと、歌舞伎はいつか消えてなくなっちゃうんだよ」。演出家・串田和美さんと始めたコクーン歌舞伎など、新しい試みで注目されがちだったが、口癖は「型破りはいいが、型無しはマズい」。一番大切にしていたのは、先達の芸と古典歌舞伎をきちんと受け継ぐことだった。一方で、コクーンなどでの「他流試合」に、“身内”である歌舞伎関係者が、あまり見に来てくれないと、寂しげなそぶりを見せることもあった。

「(難聴で)長く休んだのは結果的によかった。昔の台本を読んだり、勉強できたからね。この先、体は昔ほど動かなくなるかもしれないけど、踊りでも芝居でも味が出てくると思うよ」

 本人だけでなく、それは観客である私の期待でもあった。あの晩、「じゃあ、またね」と笑顔で手を振りながらタクシーに乗り込む姿が忘れられない。

週刊朝日 2012年12月21日号