山口シヅエ氏 ようやく訃報公表も依然残る重大疑惑 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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山口シヅエ氏 ようやく訃報公表も依然残る重大疑惑

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週刊朝日

なぜ誕生日の公表だったのか (c)朝日新聞社 

なぜ誕生日の公表だったのか (c)朝日新聞社 

 週刊朝日が2週にわたり報じてきた山口シヅエ元衆議院議員の「死亡隠蔽」疑惑について、山口氏が代表取締役を務めていた会社「山口シヅエガーデン」が10月30日、ようやく訃報(ふほう)を公表した。4月3日の死去から、実に半年以上、隠し続けていたことになる。翌日の朝刊各紙には、

〈「次の誕生日(10月31日)が私の第二の人生のスタート」という本人の意向を踏まえ、死去をふせていた〉
〈近く、お別れの会を開く予定〉

 などと、あたかもこの発表が“既定路線”だったかのような記事が並んだが、「うまいウソを考えたものだねぇ」と、あきれるのは内情を知る関係者A氏だ。実は山口氏はここ数年、認知症の進行で細かい意思疎通ができない状態だったという。

 元秘書で、死の“隠蔽”を画策したとされるO氏は、10月中旬に週刊朝日が取材した際、「(公表は)考えていますが、いろんな事情があります」とあいまいな回答に終始し、その後、電話もつながらない状態が続いていた。

 こんな不自然な動きもある。週刊朝日が報じたように、山口氏は死去後の5月下旬、山口シヅエガーデンの代表取締役に「重任」されたが、報道後の10月29日に突然、死亡登記されたのだ。会社法では、死亡などによる役員変更は2週間以内に登記することが義務付けられており、違反者には過料がある。“微罪”とはいえ、確信犯であることは間違いない。

 関係者の一人が、ある疑惑を口にする。

「先生はかねがね、自分の資金で『基金』を作りたいと言っていて、先生がお元気だった2003年ごろには具体的に動き始めていた。ところが2年ほど前にO氏と会った際は、その話が立ち消えになっていた。なぜそうなったのか」

週刊朝日 2012年11月16日号


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