8月末、来年3月限りでの廃部が発表されたエスビー食品陸上競技部。唐突な印象があったが、実は絶妙なタイミングだったらしい。
「ロンドン五輪が終わって、次はリオだとアマチュアスポーツ界は動き出します。4年のスケジュールの途中で投げ出されるのは酷な話ですから、廃部と言うなら今、という時期なんです」
 こう解説するスポーツ紙のベテラン記者は、「ただね……」と続ける。「廃部の理由は会社の業績不振による合理化の一環。それは事実でしょうが、要は、"瀬古利彦"という希代のマラソンランナーの面倒をもう見られないと、ギブアップしたのです」。
 現在、エスビーのスポーツ推進局長を務める瀬古氏(56)。入社当時を知る関係者に聞くと、話は高校時代までさかのぼる。中距離走者だった瀬古選手にほれ込み早大を受験させたのは、同大競走部(陸上部)の監督だった故・中村清氏だった。
 中村・瀬古の二人三脚が始まり、瀬古氏は有望なマラソンランナーに成長していく。卒業時に実業団間で争奪戦が起きたが、エスビーが「徹底的にマラソンに集中できる環境を与え、将来も保証する」と約束したことが、中村氏の心を射止めたという。
 この後の瀬古氏の活躍は言うまでもないが、中村監督が亡くなり、瀬古氏が指導者になってからは結局、"第二の瀬古"は生まれなかった。
「瀬古君はマラソンで強い選手を育てたかったが、できなかった。駅伝とマラソンは似て非なるもの。エスビーに限らず、逸材がいても、会社が求めるのは国内で注目される駅伝選手=広告塔ですから、マラソンランナーは育たない。本気でマラソンをしたければ、藤原新選手のように会社を辞めるしかない。エスビーは最近、駅伝に出場せずに理想を追っていましたが、結果が出なかった……」
 瀬古氏は、選手・スタッフ全員が移籍できる受け入れ先を探すという。厳しいレースになりそうだ。

※週刊朝日 2012年9月21日号