小沢一郎・民主党元代表の初公判当日の10月6日から7日に日付が変わるころ、永田町に衝撃が走った。

「小沢が倒れて病院に運び込まれた--」

 小沢氏に近い人物が、声を潜めて言う。

「腰痛を訴えて救急搬送されたということでしたが、小沢さん周辺の口は重かった。詳しい症状を語りたがらないのです。運ばれた日本医科大学病院には主治医がいる。『心臓』かもしれない、と思いました......」

 結局、病名は「尿管結石」とのことで、とりあえずはことなきを得たようだが、誰もが持病の「心臓疾患」を連想したことだろう。事実、激しい痛みに襲われ、嘔吐までしたというのだからただ事ではない。

 被告人として初公判に挑む、その心理的ストレスを考えれば、その夜に「倒れた」と聞いても驚きはない。それほど、この日の小沢氏は鬼気迫っていた。

 自身の初公判が終わった直後の6日夕、記者会見のため議員会館の会議室に現れた小沢氏は、努めて笑みを見せながらも、時折、記者の質問に語気を強め、苛立ちを隠せない様子だった。

「指定弁護士の主張は、検察の不当・違法な捜査で得られた供述調書を唯一の根拠にした検察審査会の誤った判断に基づくものに過ぎず、ただちにこの裁判は打ち切るべきであると考えます。百歩譲って裁判を続けるにしても、私が罪に問われる理由はまったくありません--」

 この日、法廷でも読み上げた意見陳述の原稿を再び取り出すと、改めて検察への批判を繰り広げた。

「特定の意図により国家権力を乱用し、議会制民主政治を踏みにじった」

「日本憲政史上の一大汚点として後世に残る」

 そして、顔を紅潮させてこう訴えるのだった。

「この捜査はまさに検察という国家権力機関が政治家・小沢一郎という個人を標的に行ったものとしか考えようがありません」

 あまりにも激しい批判である。本誌先週号でその"異常さ"を指摘した、石川知裕・衆院議員ら元秘書3人の有罪判決(9月26日)についても、
「なんら法的な証拠も何もない、裁判官が自分の推測と推断で事実を認定し、それに基づいて判決を下すという前代未聞のこと。私は、司法の自殺に等しいと思っております」
 と切り捨てた。

 "最高権力者"が体裁をかなぐり捨てて、司法に対する敵意をむき出しにした--その激烈な言葉に「小沢もついに追いつめられた」としたり顔で語る評論家もいる。が、その見方は間違いだろう。小沢氏は、自身の潔白を勝ち取るために、文字どおり"命を懸けて"、この裁判を戦い抜く挑戦状を突きつけたのだ。

 小沢裁判に対する世の中の関心は極めて高い。49席の傍聴券を求め、早朝から希望者2146人が並んだ。実に約43.8倍である。テレビ各局は午前10時の開廷とともに、記者が入れ替わり画面に登場し、法廷内の"実況中継"をしてみせた。しかし、それでこの裁判の本質がどれだけ伝わっているだろうか。

 裁判の争点は二つだ。

(1)小沢氏の資金管理団体「陸山会」の政治資金収支報告書は虚偽記載か

(2)その虚偽記載を巡って小沢氏と石川議員らとの間に共謀関係があったのか

 言うまでもなく、この裁判の特殊さは、東京第五検察審査会の2度の起訴議決に基づき今年1月、強制起訴されたことにある。

 それまで小沢氏は、検察による執拗な捜査にもかかわらず、不起訴(嫌疑不十分)となっていた。検察が起訴できなかった事案について、"民意"である検察審査会が「法廷で白黒つけてもらいたい」と無理やり起訴したわけだ。

 ところが、石川議員らの判決で、東京地裁が「推認」を重ねて認定した「ゼネコン談合への天の声」や「水谷建設からの裏ガネ」は今回、立証すらされない。というのも、本誌が何度も指摘してきたように、小沢氏をめぐる「天の声」や「水谷マネー」の立証はどう考えても難しく、さすがに検察官役を担う指定弁護士も、余計な立証で足を取られたくないと考えたとみられる。

 結果、初の強制起訴裁判ではあるが、すでに事件の核心は失われている。

 そもそも「天の声」や「水谷マネー」があったからこそ、虚偽記載が「悪質」だとされてきた。だからこそ東京地裁は、石川議員らの判決で「法と証拠」を逸脱してまで、その悪質性を認定しようとしたのだ。いったい、この裁判にどれだけの意味があるというのか。

◆検察調書頼りの危うい冒頭陳述◆

 しかも、二つの争点にしても、指定弁護士側の冒頭陳述を読む限り、どうにも不安な代物だった。元検事の落合洋司弁護士が言う。

「指定弁護士側の立証の柱は、検察の捜査過程でつくられた石川議員らの調書です。ただ、これが証拠として裁判所に採用されるかどうかは微妙です。却下されると、事実関係のいろんな部分が抜け落ちてしまう。そういう危うさがある」

 事実、石川議員らの裁判では、捜査段階での調書の多くが、東京地検特捜部の「心理的圧迫と利益誘導があった」として証拠採用されなかった。今回も同じように判断されることは、容易に想像できる。

 それを補うため、指定弁護士側の冒頭陳述では、
 〈被告人(小沢氏)と石川が本件4億円を簿外処理すること等に合意したことを推認させる間接事実〉
 として、陸山会が小沢氏から借り入れた「4億円」について、小沢氏と石川議員の間の"共謀"を示す状況証拠がいくつか指摘されている。しかし--、

「振り絞ってつくったんでしょうが、この間接事実だけで小沢氏の共謀を推認させるものかというと正直、弱いですね。そもそも捜査した検察ですら、すべて認定されても有罪に持っていくのは難しいと判断して『嫌疑不十分』にしたわけですから。大久保隆規被告と石川議員らの共謀認定以上に難しい」(落合氏)

 元検事の郷原信郎氏も、こう指摘する。

「ちゃんと裁判官の常識が働くならば、小沢氏の無罪は間違いない。石川議員らの裁判とは、明らかに事情が違います。あの裁判では、起訴事実と関連性がない『水谷マネー』の立証を動機の"背景立証"として認めたことから、その認定を前提に、石川議員らの動機を無理をしてでもヤミ献金に関連づけて認定せざるを得なくなり、あのように不合理な『推認』を重ねたトンデモ判決になった。あれと同列には語れません。しかも、そもそも虚偽記載自体、成立しませんよ」

 虚偽記載を巡って弁護側が主張しているのは、要は、陸山会の土地取得に際して小沢氏が用立てた「4億円」について、これを原資に定期預金を組み、それを担保に銀行から4億円を借り受け、その4億円で土地を購入した--という流れだ。不動産購入に関して、実質的に陸山会が小沢氏から借り入れたのは「銀行から借りた4億円」だけであり、「だから、陸山会の04年分収支報告書に記入する小沢氏からの借入金は4億円だけで、虚偽記載にあたらない」(郷原氏)というのだ。

 しかも、指定弁護士側の主張には、"勇み足"があったとみる識者が多い。

 指定弁護士は、公訴事実の中で「陸山会が04年10月12日ごろ、小沢氏から4億円の借り入れをしたのにもかかわらず、同年の収入として計上しなかった」ことを指摘しているが、これはもともとの検察審査会の1度目の起訴議決に含まれておらず、2度目の議決でいきなり登場したものだ。

 弁護側は、これが検察審査会法の規定に反していると主張するが、まさにそのとおりだろう。元裁判官の木谷明・法政大法科大学院教授が言う。

「これは手続きの問題ですが、弁護側の主張どおり公訴棄却しかないでしょう。指定弁護士側も諦(あきら)めているはずです」

 こうなってくると、これから本格化する小沢氏の裁判は、どう考えても"茶番"でしかない。

 弁護側は冒頭陳述で、検事名指しで東京地検特捜部の捜査のあり方を批判した。石川議員らの調書は、検事が脅したりすかしたりしながら無理やり作り上げたものだという指摘だ。

 そして、その調書の内容を真実だと誤信した検察審査会が「起訴相当」の議決をした、と訴える。先の木谷教授が指摘するのも、まさにその危険性である。

 「結局、検察が危ないと思って不起訴と判断した調書を、検察審査会は信用して起訴議決した。取り調べ状況を知らない人間が供述を読めば、なぜ起訴しないんだと思うかもしれませんが、起訴されるほうにとっては人生がかかっています。刑事裁判は、人に刑罰を科するかどうかを決める重大な手続きです。検察審査会を健全に機能させるには、今後、検事が『不起訴』と判断した理由を率直に説明する場を設けるなどする必要があります」

 もちろん、小沢氏の政治的な説明責任はあるだろう。しかし、それと刑事裁判とは話が別だ。
 立件の公平性と裁判の公平性--それを失っては、日本の民主主義が危ない。  (本誌・鈴木毅、国府田英之)

◆NHK様、これも受信料ですか?◆

 傍聴券を求めて本誌も編集部員と知り合いの学生計36人が抽選に参加したが、あえなく全員ハズレ。トボトボ歩いていると、編集部員の前に"異様な光景"が現れた。

 日比谷公園の霞門付近に新たな行列があったのだ。列の先頭に行くと、NHKと書かれた大きな紙が貼られたブースがあり、スーツ姿の男性が「お金をもらった人は印鑑を押してくださーい」と言って、封筒を渡していた。封筒をもらった女子大生は「派遣会社からメールが前日夜に来たので並んだ。交通費込みで2千円。暇なんで......」。

 ブースの男性は人材派遣会社の社員だった。取材すると、「依頼主はNHK。うちが集めた200人で2枚当たった。別の人材派遣会社と合わせて約250人集めたようだ」とのこと。日当と人材派遣会社への報酬などを含めると約120万円の出費だ。

 NHKは本誌の取材に対し、逆取材した後、「お答えを差し控えさせていただきます」と回答。いやあ、さすがNHK様。やり方が徹底しています。でもね、その費用は私たちの受信料から出ていること、どうかお忘れなく......。 (本誌・森下香枝)


週刊朝日