太陽の輝きはすっかり初夏。颯爽と歩けば新緑の薫りをいっぱいに運んでくれる風のなんと心地よいことでしょう。今日10日は七十二候の第二十候、蚯蚓出(みみずいずる)になります。あれ! 確か、虫は3月の啓蟄には冬ごもりを終えて這いでてきたのでは? と思われた方もあるでしょう。でもミミズは初夏のあたたかさがなければ姿を現さない理由があるようですよ。だれでもどこでも目にするミミズ、私たちの知らないところで、ものすごい力を発揮していたって、ご存じでしたか?

あの、ダーウィンが実は偉大な「ミミズ」の研究者だった!

ダーウィンといえば十九世紀に「生物は環境に合わせて変化する」と主張して進化論をとなえた偉大な科学者です。
ダーウィンは20代のはじめに、イギリス海軍の調査船ビーグル号に乗って5年かけて世界を周りました。途中立ち寄ったガラパゴス諸島で後の進化論のヒントとなる生物の多様性に気づきます。帰国後はロンドンの南東、ドーバー海峡近くに居をかまえ死ぬまで暮らします。ここで研究生活にはいり『進化論』を書き上げます。しかし、ダーウィンは生物の進化のことだけを考えていたわけではなかったのです。
自然に興味をもっていたダーウィンは、石ころでデコボコしていた場所がいつの間にか青々とした牧草地に変わっていることに気づいていました。よく見かける芝生の上に山盛りになっているミミズのフン、あれが長い間に積み重なり柔らかい大地を作り上げているのではないか? とくに雨のあとには多い。ダーウィンが牧草地を掘ってみると、10年前に土をよくするために撒いたという白い石灰が、地表の下7.5㎝のところから出てきたのです。そこで考えました「この石灰の上の7.5㎝の柔らかい土はミミズのフンの積み重なりではないか?」と。
なんとしてもこれを証明したい、そう考えたダーウィンはついに、牧草地の一角数メートル四方に白い石灰を撒いて、この石灰が埋まって見えなくなり、柔らかな土の層ができるのを毎日観察することを決心をします。ダーウィン33歳の時でした。その成果は『ミミズの作用による肥沃土の形成とミミズの習性の観察』という本に結実します。72歳になっていました。翌年73歳でダーウィンは亡くなります。あの細くて小さな、土の中にいるミミズを生涯かけて観察し続け、その役割を明らかにしたこの業績は進化論の裏側にすっかり隠れてしまっているようですが、ダーウィンの科学者として一心に探求するひたむきさを感じさせてくれますね。

「ミミズ」ってそんなに凄い虫だったの?

あの細くて小さな体ですが、実はたくさんの体節に分かれています。体節は隔壁によって仕切られており、その中は体腔液で圧力をかけるため、骨がなくとも土を掘り進むことができる、頑丈な構造になっているということです。
体内には循環器として血管があり、体が傷つけば血管から細胞を移動させて瞬時に修復できる能力を持っています。呼吸器はなく皮膚で酸素を取り込み二酸化炭素を排出しています。先端に口を後端に肛門を持ち、その間に消化吸収器官の砂嚢と腸があります。腸ではリパーゼやアミラーゼを分泌して、タンパク質や脂質、多糖類、セルロースを吸収したあと、老廃物はそれぞれの体節の腎管から排出されます。
ミミズは土を食べ、土の中の有機物や微生物、小動物を消化吸収したのち排出する粒状のフンが、植物の生育におおきな役割を果たしていることがダーウィンの研究によって明らかにされました。このことから農業では役に立つ益虫と考えられ、土壌の改良に利用されることもあるようです。
自然界にあってミミズは食物としても大きな役割を持っています。昆虫からモグラなど土の中の小動物や鳥などの中型動物、イノシシといった大型動物まで、ミミズは大切な命の糧になっています。人間にとっても釣り餌として大切な生き物ですね。

語られる「ミミズ」、詠われる「ミミズ」たち

ミミズは私たちの生活でどんな風に語られていたのでしょうか?
調べてみると日本初めての歌集である『万葉集』のなかでは詠われなかったようです。「春はあけぼの」で有名な清少納言はミミズについて言及していました。残念なことですが「たいへんきたならしいもの」としてナメクジと並べられているのです。みやびを大切にしていた平安時代のことですから無理もないのでしょう。一方で民間に語り継がれてきた中にはなかなか興味深い話が残っています。
民俗学者の柳田国男の記録によると「むかしミミズには目があって声がでず、蛇は目がなくて歌が上手だった。そこでミミズは目はなくてもいいから美しい声が欲しいと思い、蛇にお願いしてその声と我が目を交易した」というはなしが、目の不自由な座頭によって語られていたということです。三味線や琵琶をもって村や町を流していた座頭たちが、自分の身の上をミミズや蛇にたとえて生きていた悲しさを感じてしまいます。
ところで目のないミミズはどうやって動いていたのでしょうか? 光の方向を感知する視細胞を体表に持っているからです。5月になり気温が上昇してくると土の中は酸素が不足してきます。酸素をもとめ光を探しながらはい出してくるのです。雨が降ったあともたくさんのミミズが道路に出ているのをみることがありますね。これもやはり土の中にしみこんだ雨水でおこる酸素の不足に、ミミズが命を懸けて行動しているということです。
最後に俳句に詠まれたミミズをご紹介しましょう。
出るやいな蚯蚓は蟻に引かれけり  一茶
朝すでに砂にのたうつ蚯蚓またぐ  西東三鬼
三界に家なく蚯蚓乾ききる     坂井三輪
やはり、なにか切ないものになってしまうようです。
大地の中でひっそりと地球の表面を作り続けている「ミミズ」が顔を出す日という今日、もしミミズを見かけた時はその活躍をぜひ思い出してくださいね。
参考:
チャールズ・ダーウィン『ミミズと土』渡辺弘之訳
新妻昭夫文、杉田比呂美絵『ダーウィンのミミズの研究』
柳田国男『桃太郎の誕生』
角川俳句大歳時記