5月の詩歌 ── 風薫る新緑の季節に寄せて 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

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5月の詩歌 ── 風薫る新緑の季節に寄せて

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見渡すかぎりの新緑を表す「万緑(ばんりょく)」は、三夏を通じた季語

見渡すかぎりの新緑を表す「万緑(ばんりょく)」は、三夏を通じた季語

牡丹の花

牡丹の花

長期連休まっただなかですが、熊本地震発生からはや2週間が経ちました。
九州新幹線が博多―鹿児島中央間で全線開通し、九州自動車道も29日午前9時に全線開通!
震災復旧の加速に期待が寄せられます。
今回は、“明るい兆し”にちなみ、梅雨の走りにいたる一年でもっとも美しく、生命力に満ちた季節の詩歌をご紹介します。
新緑薫る季節を楽しむ余裕が、被災者の皆さまに一日も早く戻ることを心よりお祈りして……。

新しい季語「万緑」

この季節で最も有名な季語は「万緑」でしょう。
日本で俳句の季語として使ったのは俳人の中村草田男ですが、もともと中国・宋時代の詩人王安石(おうあんせき)の「万緑叢中紅一点」(「詠柘榴詩」)です。
あたり一面の新緑の中に赤い花が一輪だけ咲いているという意味、そして多くの男性の中に一人だけ女性がいることのたとえにもなっています。いわゆる「紅一点」です。
〈万緑や吾子の歯生えそむる〉中村草田男
すべてが緑に包まれた中で、小さな子どもの歯が一本生えてきた、というのです。
「万緑」という大きなスケールの言葉と赤ん坊の小さな歯のコントラストが美しく、今でも愛誦されます。
〈万緑や我が掌に釘の痕もなし〉山口誓子
この句は説明が必要かもしれません。
手の平の釘のあと、というのはキリストがはりつけにされた時の傷のことを指しています。スティグマ(聖痕)ともいいます。
自分の手の平には聖痕などないから、聖人などではないけど、美しい季節のなかで充足した人生を送っている、という含意もあるかもしれません。
新しい季語ですが、近代の俳句らしい、広がりのある句がたくさんあります。
〈万緑やわが恋川をへめぐれる〉角川源義
〈万緑をしりぞけて滝とどろけり〉鷲谷七菜子
「緑陰」という、これも新しい季語もあります。若葉がきらめく中、樹木の下にできる陰のことです。
〈緑陰や少女言葉はすぐ弾け〉加藤楸邨
〈緑陰のわが入るとき動くなり〉永田耕衣
〈緑陰に三人の老婆わらへりき〉西東三鬼

初夏の風

この時期の風のさわやかなこと、さまざまな表現があります。
「薫風」「青嵐」といった季語がよく知られているでしょう。
「薫風」は青葉を通ってくる香るような風のこと、「青嵐」はそれよりやや強い風のことでしょうか。
俳句は、日常の些細な風景を季節とともに瞬間的に捉える詩形です。そこには〈私〉の思いは介在しないかのようです。
〈濃き墨のかわきやすさよ青嵐〉橋本多佳子
〈なつかしや未生(みしょう)以前の青嵐〉寺田寅彦
〈薫風やいと大きなる岩一つ〉久保田万太郎
〈白牡丹一花に見ゆる風の筋〉原裕
寺田寅彦は漱石門の随筆家・物理学者です。
自分が生まれる前の初夏の風というのは、どんな風でしょうか。
「未生以前」には「無我の境地」という意味もありますが、この句には禅的と言っていいのか、人間よりも大きな時間の流れを感じさせる不思議な味わいがあります。
一方で茂吉や白秋の歌からは、一人の〈私〉の眼差しを感じます。
〈近寄りてわれは目守(まも)らむ白玉の牡丹の花のその自在心〉斎藤茂吉
〈草わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寝て削るなり〉北原白秋
── 一年にこの季節しかないさわやかさを詩歌とともに感じることも初夏のたのしみです。
九州では気温が上がり、夏日となっているエリアもありますが、くれぐれも健康管理にご留意ください。


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