写真=aflo
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 吉野家の牛丼は「うまい、安い、早い」で親しまれている。このキャッチコピーは、急成長を遂げた1970年代までは「早い、うまい、安い」という順番だった。なぜ「早い」が最初だったのか。日本フードサービス協会顧問の加藤一隆さんの著書『「おいしい」を経済に変えた男たち』(TAC出版)より紹介する――。

「うまい」「安い」「早い」最も大事なのはどれか

 最近の吉野家の看板には「うまい、安い、早い」とキャッチコピーが記されています。ご年輩の吉野家ファンはお気づきかと思いますが、「うまい、安い、早い」の順番になったのは、2000年代に入ってからのことです。

 創業者の松田瑞穂さんの陣頭指揮で急成長を遂げた1970年代のキャッチコピーは「早い、うまい、安い」です。経営破綻し松田さんが吉野家を去った1990年代に「うまい、早い、安い」と変わり、さらに2000年代に「うまい、安い、早い」となり現在に至っています。

 ちょっと順番が変わっただけのようにも見えますが、私はその変化は経営陣の経営方針を如実に表していると思います。つまり、「うまい」「安い」「早い」のどれも重要だけれども、最も重視しているのは「うまい」だというのが現経営陣の経営方針であり、創業者である松田さんが最も重視していたのは「早い」だったということです。

 松田さんの原点は「早い、うまい、安い」であり、「うまい、早い、安い」でも「うまい、安い、早い」でもなかった。そして、それが吉野家成功の原動力でした。

牛丼への特化は偶然の産物

 外食産業史的な視点に立つと、吉野家の最大の功績はメニューを牛丼の一品に特化したビジネスモデルの構築にあります。牛丼専門店やカレー専門店、ラーメン専門店など、いまでこそ、メニューを一品や一品に近い形態に特化したチェーン店は珍しくありませんが、そのビジネスモデルを作ったのは松田さんにほかなりません。それこそが、松田さんが外食産業にもたらしたイノベーションでした。

 ただ、私は松田さんから直接、牛丼に特化した理由を聞いたことはありません。おそらく、品質を一定に保つには、結果として牛丼に特化するしかなかったからだと思います。松田さんは頭で考えて、単品に特化したレストランチェーンのビジネスモデルを編み出したわけではありません。簡単に言うと、顧客回転率の高い効率的な店舗経営を突きつめていった結果、牛丼の単品特化に行きついたということだったと思います。

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