昨年の開高健ノンフィクション賞を受賞した濱野ちひろの『聖なるズー』は、動物性愛者(ズー)たちを調査して書かれている。若い頃に性暴力に苦しんだ濱野は、愛とセックスを捉え直すべく、30代の終わりに京都大学の大学院に入学。動物性愛という極限的な事例を通して自分の課題と向きあい、論文とは別にこの作品を著した。

 濱野が取材したのは、ドイツにある世界唯一の動物性愛者団体、ゼータのメンバーたちだった。彼らの自宅やホームパーティーで会話を重ね、慌てずに核心へと迫る濱野。そうやって明らかになっていくズーたちの実態、特に具体的な動物(ほとんどは犬)とのセックスのやり方には、やはり驚いた。犬のマスターベーションを手伝う場面を読んだ直後は、長い息を吐いて瞬きをくり返した。

 しかし、それ以上に引きこまれたのは、ズーたちの精神面だった。彼らは動物の「パーソナリティ」を認めて「対等性」を尊重し、相手から求められなければセックスせずに暮らしていたのだ。濱野の定義によれば、彼らの動物観はこうなる。

<人間と対等で、人間と同じようにパーソナリティを持ち、セックスの欲望も持ついきもの>

 獣姦のイメージから動物虐待の批判が絶えないズーたちだが、少なくとも濱野が会ったゼータの人々は、動物愛護者としての明快な倫理観を持っていた。その事実に、私は濱野と同じく心が動き、あらためて人間の愛やセックスについて考えさせられた。混乱はまだ続いているが、それは、このノンフィクション作品が新しい世界を私に届けてくれた証しである。

週刊朝日  2020年1月24日号