書評『明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい』樋野興夫著 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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《ベストセラー解読 (週刊朝日)》

明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい 樋野興夫著

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長薗安浩書評#ベストセラー解読

がん哲学外来で出す「言葉の処方箋」

 2008年、病理学者の樋野興夫は「医師と患者が対等の立場でがんについて語り合う場」として、がん哲学外来を開設した。場所は、自身が勤務する順天堂大学医学部の附属病院。料金は無料。樋野一人でのスタートだったが、現在は全国に80以上もの拠点があるらしい。
 がん哲学外来では、「暇げな風貌」の医者が、患者やその家族に「偉大なるお節介」をやくという。いつも忙しいはずの医者がのんびりと構え、カウンセリングではなく、患者に寄り添って30分から1時間ほど対話するのだ。そこにあるのはお茶とお菓子だけで、医者は「言葉の処方箋」によって、どうしても悲観的になっている患者にほのかな光明を提供していく。
 この『明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい』には、樋野が実践してきた患者との言葉のやりとりが、いくつか紹介されている。樋野は対話中の相手の表情を見てとり、効果的なタイミングを見計らって、その人にあった言葉を贈る。実は本のタイトルもその一つなのだが、これは、マルティン・ルターの名言「もし明日世界が終わるとしても、私は今日もりんごの木を植えるでしょう」を樋野なりにアレンジしたものだ。
 ここには、「命よりも大切なものはない」と考えない方が、つまり、命よりも大切なものを見つけるために、内向きではなく今こそ外へ関心を向ける重要性が説かれている。そうすることで、自分に与えられた人生の役割を最期までまっとうしてはどうか、と。
 否応なしに死と向きあっている患者を前に語る言葉。樋野は、これらを長年の読書で培った。特に新渡戸稲造と内村鑑三を読みふけり、考え、自分の生きる指針としてきた。樋野自身が、先人たちの「言葉の処方箋」によって救われてきたのだ。だから、この本は、真に哲学を必要とする人々への刺激的な入門書であると同時に、あらためて読書の効能を知らしめる一冊となっている。

週刊朝日 2015年9月25日号


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