書評『春の庭』柴崎友香著 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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《今週の名言奇言 (週刊朝日)》

春の庭 柴崎友香著

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斎藤美奈子書評#今週の名言奇言

春の庭

柴崎友香著

978-4163901015
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お風呂場にはなかなか入れないんですよねー。

 写真に写っていた場所に行ってみたいと思ったことってないですか。でもそれが、他人が暮らす家だったら……。今期芥川賞受賞作、柴崎友香『春の庭』は、そんな設定ではじまる街と家の物語である。
 主人公の太郎は、ある日、同じアパートの上階に住む女性に声をかけられて面食らう。<できたらこちらのベランダの柵に、上らせていただけないかなと、考えているんですね。(略)決して強盗の下見とか盗撮とか、そういったことではございませんので。ただちょっと、あのー、あの家が好きなだけなんです>
『春の庭』とは(架空の)写真集のタイトル。それは20年以上前に出た本で、CMディレクターの「牛島タロー」と小劇団の女優「馬村かいこ」の共著。牛島&馬村夫妻の日常生活を撮ったものだった。2人はその後離婚するが、この写真集の家が見たいという理由で隣のアパートに引っ越してきた女性がいた。それが太郎のアパートの2階に住む西だった。彼女はなんと、賃貸物件として一時ネット上に出ていた隣家の間取り図まで持っているのだ。
 これがエンタメ系の小説なら、不穏な事件に発展しそうなところだが、そういう展開はありません。ありませんけど、西はとうとう隣家に住む「森尾さん」一家と親しくなり、家に遊びに行くまでになる。
<よかったじゃないですか。念願叶って>と応じる太郎に西はいった。<でもお風呂場にはなかなか入れないんですよねー。広い洗面室の奥にあるから、廊下から覗けないし>
 ひとんちの風呂場が見たい。しょーもない願望といえばいえる。だが西はかなり本気で、2人は写真集に写っていた森尾家のお風呂場に入るために一計を案じるのだ。
 これまで街のたたずまいを丁寧に描いてきた柴崎友香。が、街のみならず、柴崎作品の人物はみな少しずつおかしなこだわりを持っていた。『春の庭』もそう。悪意のない隣人同士の交流。でも森尾さん側から見たら相当こわいよ、西って人は。

週刊朝日 2014年9月5日号


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