コロナ禍のあの日、東京は「映画のセットみたいだった」 写真家・時津剛の記録 (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

コロナ禍のあの日、東京は「映画のセットみたいだった」 写真家・時津剛の記録

4.26.2020 SHINJUKU(撮影:時津剛)

4.26.2020 SHINJUKU(撮影:時津剛)

写真家・時津剛さんの作品展「東京自粛 SELF-RESTRAINT,TOKYO」が11月30日から東京・新宿のPlace Mで開催される。時津さんに聞いた。

【写真】作品の続きはこちら

 今年4月、東京・新宿三丁目交差点で撮影した作品を目にすると、信じ難い思いがした。たった半年少し前の出来事なのに、こんなことがあったのか、と。

「なんか、映画のセットみたいな感じでしたよ。ほんとに、あの当時は」

 時津さんは撮影したときの様子をこう振り返る。

 横断歩道で信号待ちをするカップル。背景には有名ブランドショップが写っている。うららかな春の光が差し込むビルの谷間――新宿通りと明治通りが交わるこの場所は、ふだんなら大勢の人が行きかう場所なのだが、ほかには誰もいない。車の姿もない。建築写真のように水平垂直をきちんととった画面が街の静寂さを際立たせている。これまでもそんな街の様子をテレビや新聞で見てきたのだが、改めて緻密に写された写真を目にすると、異様な空気が伝わってくる。

「わざわざ、なるべく人がいないときを待ってシャッターを切ったのでは?」と、意地悪な質問をぶつけてみたものの、むしろ逆で、今回の作品は人を入れて撮ったほうが自然と思い、こんなふうに写したという(理由については後で書く)。

「いま写真を見ると、本当に人がいなかったんだな、と思いますね」。そう、私が言うと、時津さんは「うーん」とうなり、こう言った。

「でも、感染者数って、いまのほうがはるかに多いんですよ。人間って、何を基準に行動しているんだろうって、不思議な感じがしますね。慣れって怖いな、と」
5.7.2020 SHINJUKU(撮影:時津剛)

5.7.2020 SHINJUKU(撮影:時津剛)

感染への危険性と、人々の姿を記録したいという欲望


 時系列で並べられた作品は、緊急事態宣言が発令された4月7日から始まる。

「3月下旬からちらほら撮り始めてはいたんですけれど、『これはきちんと撮って残しておかなければ』と思ったのは4月7日。ぼくは新宿に住んでいるので歌舞伎町の『夜の街』とか近いし、やはり外を記録しないといかんな、という気持ちがありました」

 しかし、次の作品は4月26日と、かなり間が空いている。理由を聞くと、その間、かなり逡巡したという。

「最初のころは相当迷いながら撮っていましたね。もう、二度と撮れないので、撮っておかなければいけない、記録しておきたい、という気持ちはあったんですけれど、自分や家族が感染するかもしれない。『あいつ、あんなカッコいいこと言って撮ってたけど、コロナに感染したらしいぜ』と、なったら嫌だし」

 さらに、外出自粛を求める「空気」もあった。

「後ろめたさ、とまではいかないですけれど、そんな空気の中で外に出て撮ることへの意味づけ、バランスを考えた」

 当時、未知だったウイルスに感染する危険性と、人々の姿を写して記録したいという欲望とのバランス。

「でも、逡巡はしながらも最後は、これを撮らないと、という気持ちが勝ったわけです」

 こうして「吹っ切れた」4月下旬以降は、どんどん外へ撮影に出かけていった。行動半径も広げていった。

続きを読む


おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事
あわせて読みたい あわせて読みたい