本作『君に会いたいんだ、とても」以前にも、ISSをテーマにした楽曲「When We’re In Space」を発表するなど、宇宙に強い関心を抱き続けてきた矢野。その理由について彼女は「宇宙を考えることは、生きることとつながっている」と言う。

「宇宙に興味があると言うと、“そういう趣味なのね”と言われることがあるのですが、“いやいや、とても大事なことだよ”と。あなたがそうして恋人と楽しく暮らせているのも、大気圏があるからなのよって。大言壮語してしまえば、宇宙を考えることは生きることの基本。そのことを知ってほしいなと思うし、このアルバムもその一環になれたらいいなと思っています」

 宇宙飛行士が書いた歌詞を歌にするという経験を経たことで「ピアノと作曲の技術が少し上がったかな」と楽しそうに話す彼女。

今回のレコーディングに使用したピアノは、矢野がニューヨークの自宅でも弾いているベヒシュタイン(A-192)。

「ずっとスタインウェイのピアノを弾いてきて、自分の弾き方や音楽性はそのなかで作られたのですが、今はベヒシュタインを使っています。慣れるまでに時間がかかりましたが、何よりも音がいいし、こちらの技術以上のことは決して出すことがない、誠実なピアノなんです。自分が表現したいこと、弾きたいことに寄り添ってくれるし、今回のプロジェクトにもピッタリだったと思います」

 矢野の1976年のデビューアルバム『JAPANESE GIRL」には、当時人気絶頂だったアメリカのロックバンド、リトル・フィートのメンバーが参加。以降、YMOのメンバーをはじめ、石川さゆり、森山良子、上原ひろみ、YUKI、岸田繁(くるり)、ベーシストのアンソニー・ジャクソンや三味線奏者の上妻宏光など、ジャンルと国境を超えたアーティストとの共演を重ねてきた。

 デビュー以来、常に新たなトライを続けることで、自らの音楽性を更新している、そのモチベーションはどこにあるのだろうか。

「まず、私は年齢でものを考えたことがありません。70歳に手が届くくらいになればリタイアされる方もいらっしゃいますが、私は作り続けること、表現し続けることが自分の存在意義だと思っているので。もうやめてと言われても、死ぬ間際まで何かをやっているんじゃないでしょうか」

(森朋之)

やの・あきこ/1976 年『JAPANESE GIRL」でソロデビュー以来、YMO との共演など活動は多岐にわたる。rei harakami との「yanokami」、森山良子との「やもり」をはじめ、上原ひろみ、YUKI など、様々なジャンルのアーティストとのコラボレーションも多い。2021年にソロデビュー45周年を迎え、アルバム『音楽はおくりもの』をリリース。2022年9月、自身のアルバム収録楽曲がモチーフとなった映画「LOVE LIFE」が公開された。2020年に宇宙飛行士・野口聡一氏との対談による書籍『宇宙に行くことは地球を知ること」(光文社新書)を発売。その制作時の会話がきっかけとなって生まれたのが、野口氏が国際宇宙ステーションでの長期滞在中に書いた詞に曲をつけた、全14曲のピアノ弾き語りアルバム『君に会いたいんだ、とても』。矢野顕子・野口聡一名義で2023年3月にリリースした。

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