プーチン氏にも苦い記憶がある(gettyimages)
プーチン氏にも苦い記憶がある(gettyimages)

 いまロシアではウクライナ侵攻について、政権の主張以外の報道は厳しく制限されている。そんななか、「兵士の母親の会」がウクライナに送られたロシア徴集兵の生々しい姿を伝え続けている。わが子の無事を願う母親たちの声ほど強いものはない。軍事が専門で、ロシア語に堪能なジャーナリストの岡野直さんに聞いた。

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 ロシア軍は将校のほか、契約制の職業軍人(コントラクトニキ)と、徴兵による徴集兵(スローチニキ)で成り立っている。徴兵が行われるのは、春と秋の年2回。今年も4月1日から春の徴兵が始まり、13万4500人の若者を集める予定だ。

「春と秋の徴兵で約27万人。ロシア軍の定数は100万人、実数が約90万人なので、全体の約30%が徴集兵ということになります」

 岡野さんは、そう説明する。ちなみに、スローチニキの語源は、「期限」を意味するロシア語「スローク」で、兵役期間は1年だ。

■「母親」にプーチンの苦い記憶

 岡野さんによれば、プーチン大統領はその徴兵対象者の母親たちに気を使っている様子がうかがえるという。3月8日、国際女性デーのスピーチでのことだった。

「プーチンは毎年この日にテレビで祝辞を述べます。例年、女性をたたえるスピーチをするだけですが、今年は突然、『みなさんが最愛の人を心配していることは理解している。徴集兵は特殊軍事作戦には参加しておらず、今後も参加しないと強調する』と、語ったんです。前後の話とは関係ない妙な発言だったので、あれっ、と思いました」

 なぜ、プーチン大統領は徴集兵の母親たちにあえて呼びかけをしたのか。そこには約30年前の苦い経験があるという。

 旧ソ連崩壊の3年後、1994年にロシア南部、ジョージアと国境を接する地域、チェチェンで内戦が勃発した。分離独立派の支配地域にロシア軍が侵攻。その際、戦地に送り込まれた多数の徴集兵が死傷した。そこで立ち上がったのが母親たちだった。

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「缶詰のニシンのように」詰め込まれた兵士たち