裁判傍聴記を読んだ女性から届いた手紙(提供)
裁判傍聴記を読んだ女性から届いた手紙(提供)

 作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、ある事件をめぐるできごとから、女性に対する暴力とは何かを考えた。

【図】女性の自殺が急増?非正規、DV被害、産後うつ…「弱い人にしわ寄せ」の現実

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 今年3月、76歳の女性が夫をのこぎりで殺害したと自首したニュースが流れた。警察では「長年の恨みがある」と語っていた。事件発生時からすぐ、なぜ凶器にのこぎりを選んだのかが気になり、9月に始まった横浜地裁での裁判を傍聴した。その傍聴記を『週刊女性』に寄稿したところ大変な反響があった。その多くが「彼女は私だ」というものだった。夫からのDVやモラハラの末に夫の死を願うように生きている女性は決して少数ではなく、なかには、私に直接手紙を送ってくださる読者もいた。

 事件はこのようなものだった。

 女性は50年にわたって夫からのDVに苦しみ続けた。夫は毎晩のように酒を浴びるように飲み、「クソババア」「バカか」などの暴言を吐いた。生活費も十分に渡さず、女性が頭を下げてようやくわずかをよこすだけ。女性はスーパーのレジ係や、清掃の仕事などをして子供2人を育てた。

 子供たちが成人する頃に1度は離婚が成立した。しかし、離婚数年後にアルコール依存症になった元夫が栄養失調で倒れ介護が必要になってしまう。アルコール依存症患者を受け入れる介護施設は限られており、また長期の入院を負担する経済的余裕もなかった。

 親戚づきあいは一切なく、結局、女性が自宅で介護するしかなかった。子供2人に迷惑をかけられないという思いで、女性は男性と再婚する道を選ぶ。これが地獄の始まりだった。

 オムツを替えても夫はありがとうの一つも言わず、相変わらず女性をののしるような日々だった。やがてオムツは不要になるが、夫は自室に引きこもってしまう。部屋を出るのはトイレに行くときのみで、風呂も入らず、顔も洗わず、歯も磨かず、下着も替えない。雨戸を閉め切った部屋で一日中テレビをつけゲラゲラと笑い、時に奇声をあげた。そんな生活が17年間続いたのだ。

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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なぜ、のこぎりだったのか。現実の理由に打ちのめされる