阪神マートンvsヤクルト捕手の“仁義なき戦い” 今はなき本塁上での激闘の記憶 (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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阪神マートンvsヤクルト捕手の“仁義なき戦い” 今はなき本塁上での激闘の記憶

久保田龍雄dot.
元阪神のマートン (c)朝日新聞社

元阪神のマートン (c)朝日新聞社

 2016年から導入されたコリジョンルールもすっかり浸透し、ビデオ判定が92回行われ、11回も判定が覆った初年度のような混乱はなくなった。そして、今では導入案の検討時点に“マートン・ルール”と呼ばれていたことも、記憶の片隅に追いやられた感がある。

 マートンとはご存じのとおり、10年から6年間阪神でプレーし、セ・リーグのシーズン最多214安打を記録(10年)、首位打者(14年)にも輝いたマット・マートンである。

 積極果敢な走塁が売りだったマートンは、本塁突入の際に“爆弾タックル”で相手捕手を吹っ飛ばす強引なプレーも何度となく披露。特にヤクルト戦では、“仁義なき戦い”の名にふさわしい激闘が3度も繰り広げられた。

 最初の事件が起きたのは、13年5月12日、松山坊っちゃんスタジアムで行われたヤクルト戦だった。

 0対1の4回1死、藤井彰人の中飛で本塁をついた三塁走者のマートンは、アウトのタイミングにもかかわらず、落球を狙い、捕手・田中雅彦に覆いかぶさるようにして、アメフトまがいの猛タックルをかます。吹っ飛ばされながらもボールを離さなかった田中雅はアウトに仕留めたが、その代償も大きく、左鎖骨骨折の重傷を負った。

 田中雅はシーズン開幕直前に川本良平との交換トレードでロッテから移籍してきたばかり。4月6日のDeNA戦で、正捕手・相川亮二がブランコにタックルされ、左肩鎖関節脱臼で戦線離脱して以来、代役を務めていた。ヤクルトにとって、開幕から1カ月半で相川、田中雅と捕手2人が相次いで潰されたのは、大きな痛手だった。

 小川淳司監督は「外国人にしてみれば、捕手は防具を着けていると言うだろうが、関係ない。完全なラフプレー」と怒り心頭。球団側も翌日のセ・リーグ理事会で問題提起したが、「流れの中のプレー」(井野修審判部長)として、ルール上問題ないという結論に落ち着いた。

“お墨付き”を得た形のマートンは、4カ月後の9月14日、今度はヤクルトの本拠地・神宮球場で、第2の事件を起こす。


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