この『襲撃』はその後の東京ドーム、橋本vs小川の直接対決『負けたら即引退スペシャル』へのプロローグとなった。ちなみに試合は、天龍源一郎&BBジョーンズ組vs橋本&小川組という注目カードだったが、試合自体は日の目を見なかった。

 前田はリング内でも『襲撃』の主役となった。

 87年11月19日、後楽園ホールでさそり固めを仕掛けていた長州力の顔面を背後から蹴った。長州は右前頭洞底骨折、全治1カ月の重傷を負い、事態を重く見た新日本は前田に無期限出場停止処分を下す。その後、団体から提示された海外遠征を拒否し新日本を解雇される。

「顔への蹴りなんてよくあるカットプレーのひとつ。肩に手をのせて『蹴りますよ』と合図をしてから蹴った。そしたら首が動いて顔面に当たったんだ。『ちゃんと合図したのに、バカだなこいつは』って思った。(怪我をしたのは)自業自得。俺のせいじゃない」(19年6月28日付Smart FLASH)

 長州引退にあたり前田自身がインタビューで語ったが、事実は当事者2人しかわからない。結果的にケガを負わせてしまったが、こういう凄みが前田独自の地位を作り上げていたのは間違いない。

 入場時の『襲撃』と言えば、藤原喜明『雪の札幌テロ事件』。

 84年2月3日、札幌中島体育センターでの長州vs藤波辰巳(現・辰爾)戦前のこと。試合とは関係ない藤原喜明が、入場時の長州を襲い大流血に追い込んだ。後から入場する藤浪は、場内の騒ぎを知りリングへ駆けつけ一時は試合開始されたが、最後は試合不成立という裁定となった。

 この事件をきっかけに藤原は『テロリスト』という称号で、マット界の中心人物の1人となった。また対戦相手の藤浪が放った「こんな会社辞めてやる」は、今なら『流行語大賞』ものの名ゼリフだ。

 近年は因縁じみた物語も少なくなった。だがクリス・ジェリコ新日本参戦時には、久々にリング内外で多くの『襲撃』が見られた。

 ケニー・オメガとの絡みは、新設された『IWGP USヘビー級王座』への興味を大いに高めた。

 17年12月11日の福岡大会『IWGP USヘビー級王座』戦後、ジェリコがVTRとともに登場。王者オメガをベルトで殴りつけ流血させたのが始まり。翌18年1月4日、東京ドームでは反則裁定なしの『ノーDQマッチ』での同王座戦が組まれ、流血の死闘をオメガが制した。

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全日本でも記憶に残る「襲撃事件」