20歳の清原が感極まって涙を流してから25年後、同じ20歳の内野手・今宮健太(ソフトバンク)が痛恨のタイムリーエラーを犯し、悔し涙にくれたのが、12年4月18日のオリックス戦だ。

 プロ3年目の今宮は、3対4の8回からショートの守備固めに入った。この時点で1軍通算出場32試合目とまだ経験が浅く、代走や守備固めでの出場がほとんどだった。

 この回からマウンドに上がったソフトバンクの3番手・金沢健人は、1死から北川博敏に二塁内野安打を許し、T-岡田に四球、バルディリス敬遠で満塁のピンチ。そして、次打者・鈴木郁洋の当たり損ねのゴロが、今宮の前に転がってきた。

 打球を素早く掴んだ今宮は、当然のように本塁封殺を狙った。ところが、握りを気にしてか、ワンテンポ動作が遅れ、本塁への送球も一塁側にそれてしまう。この間に2者が生還し、3対6とリードを広げられた。まだどう転ぶかわからない1点差の接戦が、ひとつのミスで大きく変わってしまう。野球の怖さである。

 秋山幸二監督が投手交代を告げ、マウンドに内野手が集まった。その中の一人、今宮の目には、悔恨の涙が光っていた。

 4対6で敗れた試合後、今宮は「(気持ちを)切り替えるのも大事だけど、この悔しさを忘れてはいけない」とコメントし、プロ初安打より先に記録する羽目になった初エラーを「初めての経験というだけで終わらせたくない」と誓った。

 以来、必死に猛練習を重ね、同年は84試合に遊撃手として出場。13年から5年連続ゴールデングラブ賞受賞と球界を代表するショートになった。まさに明日につながる涙がもたらした成功である。

 内野ゴロで一塁に全力疾走したことを相手チームに「マナー違反」とヤジられた直後、マウンドで不覚の涙を流したのが、ヤクルト時代の藤井秀悟だ。

 01年5月22日の巨人戦。8対1と大きくリードしたヤクルトは、9回2死三塁で藤井が遊ゴロを放った。

 藤井は一塁へ全力疾走し、間一髪アウトになったが、この走塁に巨人ナインが猛反発。スコアボードを指差しながら、「大差がついた場面では、投手は打たないのが暗黙のルールだ」などと強烈なヤジを飛ばした。

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難しい“不文律”の捉え方