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「日本代表、強ぇー」 世界に近づいた!と感じさせたゴールといえば?

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イタリア代表戦で鮮やかなゴールを決めた柳沢敦 (c)朝日新聞社

イタリア代表戦で鮮やかなゴールを決めた柳沢敦 (c)朝日新聞社

 1990年代以降、Jリーグ開幕を起爆剤に世界との差を縮めてきた日本サッカー界。その物差しとなってきたのが日本代表の戦いであり、その中には「世界に近づいた」と感じさせた印象深いゴールというものがあった。

 日本代表がまだW杯に出場したことがない時代で思い出されるのは、1994年5月に国立競技場で行われたキリンカップのフランス戦だ。カントナ、パパン、ジノラ、ジョルカエフといった豪華攻撃陣を前に4点を失った日本だったが、その中で後半から途中出場したFW小倉隆史が一矢を報いる。

 オランダから帰国したばかりの弱冠20歳のストライカーは後半23分、相手CKのクリアボールを素早く持ち出してカウンターアタックを仕掛け、右サイドへ突破した三浦知良の折り返しをゴール右斜め前で下がりながら受けると、右足トラップから素早く反転し、自慢の左足を一閃。A代表デビュー戦で代表初ゴールを叩き込んだ。世界との差を痛感した試合ではあったが、その中で小倉のゴールは前年の“ドーハの悲劇”からの再出発と、日本の明るい未来を期待させるものだった。 

 その翌年の1995年の6月、日本代表が世界の強豪国を相手に善戦したのがイングランドで開催された親善大会・アンブロカップである。その初戦、地元・イングランドを相手に前半を0対0で終えた日本は、後半4分に先制点を奪われるも勇敢な戦いを続け、迎えた後半17分、三浦知良の左CK からニアサイドに走り込んだDF井原正巳が頭で合わせて同点ゴール。最終的に終了間際にPKでの失点を許して惜しくも敗れたが、聖地ウェンブリーで決めた井原のゴールは、日本サッカーの歴史的にも間違いなく大きな一歩だった。

 その後、1998年に初のW杯出場を果たした日本は、グループリーグ3連敗、1得点のみと世界の洗礼を受ける形で大会を後にした。だが、個々のタレント力は確実に向上し、チーム力もアップ。その流れの中で迎えたのが、2000年6月にモロッコで行われたハッサン2世杯である。その初戦、2年前のW杯で優勝したフランス代表に対し、日本は前半を森島寛晃のゴールで1対0とリードして折り返すと、後半にジダンのゴールで同点に追いつかれながらも、後半25分にFW西澤明訓が目の覚めるようなゴールを決めた。

 左サイドでボールをキープした三浦淳宏のクロスボールに対し、うまく相手DFの裏を取って走り込んだ西澤が豪快な右足ジャンピングボレーで合わる勝ち越し弾。試合は2対2からのPK戦で敗れたが、世界王者と互角に渡り合った事実は、日本サッカー界に大きな自信を与え、同年のアジアカップ優勝につながることになった。


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