たとえば、チンパンジーの瞬間記憶能力は非常に高いことが、京都大学霊長類研究所の実験で判明しています。画面に一瞬出た1から9までの数字をチンパンジーが記憶して、記憶にもとづいて1から小さい順に指定できるのです。人間にはとてもできません(参考サイト:「京都大学霊長類研究所」)。

 チンパンジーは、敵集団が襲ってきたときに即座にどこに敵が(そしてどこに味方が)いるかを判断して戦いを勝ち抜いてきたため、この能力を進化させたと考えられています。一方、即座に判断がつかない人間には、過去の戦いのパターンをもとにして待ち伏せやわな作りなどの戦略を練るという、特有の想像力が代わりに進化したのです。

 この想像力が知識をうみ出し、科学の発展をうながし、文明の礎になりました。そして、関連してもうひとつ、人間が他の動物をしのぐのが社会性です。

 人間には社会的な協力集団を形成する習性があります。たとえば知識を発見したら、それを他者と共有して集団のために使おうとするのです。チンパンジーにはボスの命令に従った集団行動はありますが、人間のような「仲間のために」という無条件の協力はありません。先の京都大学霊長類研究所の実験のように、チンパンジーは文字を理解しますし、絵文字を使った会話もできますが、会話をしたい気持ちが小さいのです。人間は他者に知らせたい気持ちが強く、それが高度な言語を進化させました。社会性から言語が生まれ、言語の高度化がさらに社会性を高めたのでしょう。

 チンパンジー、そしてカラスでさえも、たくみに道具を作って使うことが知られていますが、その作り方を他者に教えることはありません。誰かが食べ物を先に取ってしまうと自分の分が少なくなると考えるのです。他者は基本的にライバルというわけです。人間だけが、誰かに食べ物の取り方を教えたら、自分にも分け前があると思うようになったのです。そして、話し言葉を発達させた人間は、やがて書き言葉という高度な言語を発明し、知識を格納し後世の人々にも伝達する手段を得ました。

 また、言葉の意味を理解するのにも想像力が必要です。そうです。想像力と社会性が、コミュニケーションや言語を通して、文明を築いたのです。

 余談ですが、この連載コラムを書きながら、私自身「多くの子どもたちに知恵を身につけて欲しい」と願っています。人類のために、自分に分け前がなくとも、ただ働くことに心から喜びを感じ、かりに感謝されれば、それだけでうれしいと感じます。そのような感覚を多くの人々がもっている、それが人類の財産なのです。

【今回の結論】文明を築くのに必要な想像力と社会性の面で、人間の賢さは抜きんでている

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石川幹人

石川幹人

石川幹人(いしかわ・まさと)/明治大学情報コミュニケーション学部教授、博士(工学)。東京工業大学理学部応用物理学科卒。パナソニックで映像情報システムの設計開発を手掛け、新世代コンピュータ技術開発機構で人工知能研究に従事。専門は認知情報論及び科学基礎論。2013年に国際生命情報科学会賞、15年に科学技術社会論学会実践賞などを受賞。「嵐のワクワク学校」などのイベント講師、『サイエンスZERO』(NHK)、『たけしのTVタックル』(テレビ朝日)ほか数多くのテレビやラジオ番組に出演。著書多数

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