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疑惑、不公平はもう勘弁 一発勝負のマラソン五輪選考レースはいかにして生まれたか?

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小崎仁久dot.
五輪選考では大騒動に巻き込まれた有森裕子 (c)朝日新聞社

五輪選考では大騒動に巻き込まれた有森裕子 (c)朝日新聞社

 男女各3選手の東京五輪代表を決めるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)が9月15日に行われる。男子31選手、女子12選手が出場する代表選考レースは初めての試みとなる「一発勝負」。男女それぞれ上位2位までが即、代表内定となる。残り1枠も別途行われるMGCファイナルチャレンジ(男女各3レース)のタイムで選出され、あいまいさのない形で代表選手が決定される。

 日本において、マラソンは最も注目される五輪競技のひとつである。古くから優秀な選手が現れていたが、前回の東京五輪(1964年)で円谷幸吉が銅メダル、メキシコ五輪(1968年)で君原健二が銀メダルを獲得すると、世界と戦える種目となった。その後、1980、1990年代は多くのトップランナーを輩出し、バルセロナ五輪(1992年)では森下広一が銀メダルを得ている。

 ロサンゼルス五輪(1984年)から始まった女子種目でもマラソン強国として存在を示し、有森裕子がバルセロナ五輪で銀、アトランタ五輪(1996年)で銅と、2大会連続でメダルを獲得した。続くシドニー五輪(2000年)を高橋尚子が制し、アテネ五輪(2004年)では野口みずきが優勝と、日本マラソン界は黄金時代を築いてきた。

 しかし、マラソン強国が故、代表選考にも注目が集まり、過去には様々な遺恨を残してきた。ソウル五輪(1988年)では、事実上の一発選考となった大会に実績のある瀬古利彦がケガで欠場。結局、瀬古は他の大会での優勝により五輪代表となったが、選考方法を後から変更した日本陸上競技連盟のやり方は公平感を欠いた。

 また、バルセロナ五輪の女子代表選考では、選考レースのうち2大会の最上位者が落選。前年の世界選手権4位で実績のあった有森が選ばれ、有森を上回るタイムで大阪国際女子マラソンを2位でフィニッシュした松野明美は、オリンピックレースを走ることができなかった。

 そして、アトランタ五輪代表選考では、選考レース中、トップタイム(成績は2位)を出した鈴木博美が落選。シドニー五輪選考でも好記録を出した弘山晴美が選ばれなかった。アテネ五輪では逆に、五輪連覇を狙った高橋尚子が選考レースで結果を残せず、過去のように実績が買われると思われたが落選している。


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