これら「トイレの神々」が零落してトイレ妖怪になった可能性は高い。考えてみれば「トイレの花子さん」を始め、「三時ババア」「四時ババア」「ムラサキババア」「四次元ババア」と何故かトイレ妖怪には女性妖怪が多い。これは日本のトイレ妖怪が「トイレの神々」の末裔である証拠ではないだろうか。また、毎年正月の15日に行われる紫姑神をおろす中国の儀式が「トイレの花子さん」をノックで召喚するという作法につながった可能性はないだろうか。

 こうして生まれた「トイレの花子さん」は90年代に妖怪界の人気スターの座に駆け上る。その勢いはかつての口裂け女人気を彷彿させた。そして「トイレの花子さん」は、「学校の怪談」「都市伝説」など子供のフォークロアを飛び越え、漫画化やアニメ化がなされた。その後、メデイアを通じてキャラ設定が強化されていく。 

 それでは盛られた設定を見ていこう。「トイレの花子さん」のボーイフレンドは男子トイレにいる「太郎くん」、その「太郎くん」には弟の「次郎くん」がいる。「トイレの花子さん」にも家族がおり、 お母さん、お父さん、おばあちゃん、おじいちゃんが住んでいるトイレの個室が設定された。

 また、妖怪には珍しく従姉妹まで考えだされた。父方か母方か知らないが従姉妹の「小花子」、従兄弟の「花男」が語られたのだ。最もキャラが立ったのが「トイレの花子さん」の妹である。従姉妹とされた「小花子」は従姉妹ではなく妹だという説もあるが、「ぶきみちゃん」という妹という存在がいるらしい。この妹は最悪だ。性格が悪い上、ブサイクであると言われているのだ。なんとも恐ろしい花子ファミリーだが、年に一回は群馬県で全国の「トイレの花子さん」が集まる「花子さん会議」が開かれ、その年の方針が決定されるそうだ。一体どんな方針なのか気になるところだが、どこぞの広告代理店みたいである。

 その後、「トイレの花子さん」ブームも急速に熱が冷めていった。「トイレの花子さん」ブームはあっさり終わった。21世紀に入り、山間部を除き汲み取り式トイレが姿を消し、トイレは益々清潔になっていった。トイレの臭気は消え去り、トイレは明るい照明で照らされるようになった。さらに温熱便座やウォシュレットが普及し、トイレは快適空間へと昇華した。昭和時代、異界への入り口とみなされたトイレはリラックス空間となってしまった。「トイレの女神」が零落し生まれた妖怪「トイレの花子さん」、彼女は再び零落してしまったのだ。

【著者プロフィール】
山口敏太郎/1966年徳島県生まれ。神奈川大学卒業、放送大学12で修士号を取得。1996年学研ムーミステリー大賞にて優秀作品賞受賞。著書に「人生で大切なことはオカルトとプロレスが教えてくれた」「マンガ・アニメ都市伝説」「ミステリー・ボックス―コレが都市伝説の超決定版!」「都市伝説学者山口敏太郎」など。オカルト研究家としてテレビ、ラジオなどで活躍中