堂林(現広島)を2度降板させた日本文理10年前の伝説の猛追

井上啓太dot.
決勝で敗れるも、笑顔で応援スタンドに向かう日本文理の選手たち(c)朝日新聞社
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決勝で敗れるも、笑顔で応援スタンドに...

 球場は大音量の「伊藤」コールに包まれていた。2009年夏の甲子園決勝は日本文理(新潟)対中京大中京(愛知)の一戦。九回表、2死満塁で4点を追いかける日本文理の打席には六番・伊藤直輝(28)が立っていた。

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 カウント2ボール。ストライクを取りにきた直球を振りぬくと、打球は三遊間を抜けた。ランナー2人が生還し、8対10。2点差となり、なおも一、二塁のチャンス。日本文理の猛追劇に観客は沸いた。伊藤は当時をこう振り返る。

「あの追い上げに『感動した』といってもらえることは多いですが、私としては10点もとられていなければ…という『反省』の方が大きい試合でした」

 この試合、八回が終了した時点では4対10と差が開いていた。先発したエース・伊藤は5回まで2失点と粘っていたが、六回に集中打を浴び6失点。その後も追加点を許し、中京大中京に突き放されていた。

 そして最終回、中京大中京のマウンドには、エースの堂林翔太(現広島東洋カープ)が上がった。5回を投げて降板してからの再登板だった。

「『最後はエース』と、相手がきれいな形で終わろうとしていたので、『もう一回マウンドから降ろしてやろう』と心に決めました」

 その思いとは裏腹に、この回先頭の八番・若林尚希(28)が三振、九番・中村大地はショートゴロに倒れ、あっさり2死を取られてしまう。それでも伊藤は味方の反撃を信じて疑わなかった。

「キャッチボールするよ」

 伊藤はベンチにいた石塚雅俊に声をかけた。6点差があっても、裏の登板へ備える。大井道夫監督のもと、「打ち勝つ野球」を掲げるチームは打力自慢。前年の秋には、北信越大会の決勝で、富山商を相手に五回までに6点差をつけられていたが、その後9点を奪って逆転勝利している。

 そしてこの日の猛追劇は2死2ストライクから始まった。

 一番・切手孝太が四球で出塁すると、その後盗塁に成功し二塁へ。続く高橋隼之介が左中間へ二塁打を放ち1点を返す。さらに三番・武石光司の右翼線への三塁打で6対10に。球場はざわつき始めていた。

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ファウルフライで試合終了かと思いきや…

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