町の散策やグルメを楽しむだけなら、滞在は1日か2日で十分かもしれないが、郊外にも訪れるべき場所はある。毎年9月に開催される東方経済フォーラムの会場の極東連邦大学のキャンパスがあるルースキー島には手つかずの自然が多く残る。いまの季節は、地元の若者たちがビーチで海水浴やBBQを楽しむ姿が見られるだろう。ローカル電車に乗って近郊の町ウスリースクまで日帰りで行くのも面白い。そして、シベリア横断鉄道でアムール川のほとりにあるハバロフスクまで夜行寝台の旅に出るのも楽しい。日本ではめったに体験できない食堂車が待っている。

■本場のロシアバレエなど、カルチャートリップも見どころ

 ウラジオストクが韓国や台湾などの近隣アジアの人気旅行先と比べて最も違うのは、ロシアの都市文化を満喫できることだ。代表的なのは、現代屈指の指揮者ヴァレリー・ゲルギエフ率いるサンクトペテルブルクのマリインスキー劇場の傘下にある現地の劇場でのバレエやオペラ観賞だろう。今月24日から(8月7日まで)ウラジオストクのマリインスキー劇場でサマーフェスティバルが開催される。この夏は、端正な顔だちから“マリインスキー・バレエの王子”と呼ばれるダンサーのウラジーミル・シクリャローフや、著名な韓国人ダンサーのキミン・キムらが出演するガラコンサート(記念公演)が注目されている。

 アート散策も楽しめる。ロシア近代絵画を展示する美術館や元縫製工場をリノベーションした現代アートスペース、街角にあふれるストリートアートなど、観るべきものは多い。サーカスや人形劇などのロシアらしいアトラクションや、プロサッカー、アイスホッケー(これは冬のみ)などの人気スポーツも観戦できる。

 そして、歴史に関心のある人なら、黒澤明監督作品「デウス・ウザーラ」の主人公であるロシアの人類学者アルセーニエフの名を関した博物館に足を運ぶといいだろう。ウラジオストクは日本の近代史のさまざまな舞台でもあるからだ。そもそもこの町が誕生したのは1860年。この地にロシア人が現れるまでには、先住民族がのどかに暮らし、渤海などの古代王朝の勃興もあった。1903年のシベリア横断鉄道の開通は、世界史を塗り変える大きな意味があり、その後の日本とロシアの関係を複雑にした。だが、忘れてはいけないのは、同じ時期の20世紀初頭に多くの日本人がこの町に暮らしていたことだ。

 つまり、町並み、グルメ、ショッピング、カルチャーなど、多角的な楽しみ方ができるのがウラジオストクの魅力。「本場」ヨーロッパに行くには早くとも十数時間、旅の予算もかかる。アジア圏の新たな旅行先として、「ウラジオ」が今後よりいっそう注目されることは間違いなさそうだ。

●中村正人(なかむら・まさと)/旅行ジャーナリスト。中国や極東ロシア方面に詳しい。『Platウラジオストク』『地球の歩き方 極東ロシア シベリア サハリン』『同 大連 瀋陽 ハルビン』(ダイヤモンド・ビッグ社)などの編集担当。Webサイト「ボーダーツーリズム=国境観光を楽しもう」を運営。国内ではインバウンドツーリズムの取材を続けており、ブログ「ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌』を主宰。著書に『「ポスト爆買い」時代のインバウンド戦略』(扶桑社)など。